かつての企業スポーツの華・社会人野球も、今では〈コスト〉呼ばわりされる世知辛い時代らしい。池井戸潤氏の直木賞受賞第一作『ルーズヴェルト・ゲーム』(講談社)は、業績不振にあえぐ中堅電子部品メーカー〈青島製作所〉及び同野球部が直面する苦境と逆転劇を描く企業エンタメ小説だ。
表題は大の野球好きで知られた米大統領が最も面白いスコアは〈八対七〉だとした発言に由来。それも逆転に次ぐ逆転劇に、創業者で現会長の〈青島毅〉は醍醐味を感じると言う。〈絶望と歓喜は紙一重さ〉と。
企業活動、ひいては人生も然り。ライバル企業との熾烈な価格競争や世界同時不況下での減産体制を強いられる中、銀行は人員整理も視野に入れた体質改善策を求め、当然俎上に上るのが野球部の廃部だ。会長の思い入れや伝統があるとはいえ、年間3億もの経費は正当なコストとして見合うのか否か。選択を迫られた新社長〈細川〉や役員たち、現場の野球部員や株主まで、本業・試合を問わない一戦必勝の闘いが幕を開ける。
池井戸氏は本作に込めた思いをこう語る。
「連載を始めたのが、とにかく中小企業が傷んでいた時期だったんで、スカッとする話が書きたかったんですよ。映画でいえば『メジャーリーグ』や『がんばれ!ベアーズ』のように、多少ウエルメイドではあっても、頑張れば頑張った分実りがあって、努力は決して無駄ではないと信じられる話。
ただし野球を扱う以上、安易に勝ち過ぎても、ああよかったで終わっちゃいますからね。あくまでも野球小説の顔をした企業小説として、勝ち方、闘い方のリアリティには拘りました」
青島製作所を一代で年商500億円企業に育て上げた創業社長の体調不良に伴い、社長に指名された細川は、もともと大手コンサルタント会社からの転職組。経理一筋の〈笹井〉専務ら古参役員を抑えての大抜擢だ。
彼は入社早々、社内で誰も注目しなかった〈イメージセンサー〉の高性能ぶりを見抜き、これを収益の柱に業績を大幅に伸ばした。が、リーマンショック後は取引先の生産調整の余波をもろに被り、技術より徹底した低価格で攻勢に出る〈ミツワ電器〉は最大の脅威だ。既に派遣切りにも着手し、社員1500名のうち1割をリストラ対象とする現状では廃部は当然と笹井たちは言うが、細川には会長の言葉が耳について離れない。
〈会社の数字には、ヒトの数字とモノの数字がある〉〈モノの数字ならいくら減らしてもかまわん。だが、解雇を伴うヒトの数字を減らすのなら、経営者としての“イズム”がいる〉……。
池井戸:「実は僕も今回社会人野球を題材にして気づいたんだけど、コストって要するに“削りやすい”んですよ。例えばこの中にリストラの実務を担う一方、野球部長も務める〈三上〉という総務部長が出てきますが、野球部擁護派の彼に理詰めで存続意義を語らせようとするとメチャクチャ難しいわけ。対して、笹井たちが経済効率の観点から切れと言うのは誰が見ても合理的かつ簡単で、ああ、こうやって企業スポーツは消えていくんだと改めて思った」
●構成/橋本紀子
※週刊ポスト2012年3月23日号