「グランドデザインはない。現地入りして、その場その場で求められていることを探します。ニーズに合わせて動くんです。単なる便利屋です」
東京大学医科学研究所特任准教授の内科医・上昌広氏は、震災直後、福島県いわき市から透析患者の搬送をサポートした。
「10人とか30人とかの小さい集落をこまめに回って住民の相談に乗り、科学的な説明をする。この作業がすごく大事だとわかりました。注射を打つ必要のある人は一部でも、相談が必要なのは全員なんです。また、集落によって環境が違い、求めているものも違うとわかった。目から鱗のことばかりでした。海辺に住んでいる人たちは放射線よりヘドロ汚染を気にし、山間部ではどこでも放射能に対する関心が高い。個別対応が大事なんです」
そうして得た情報をもとに、上氏は支援を希望する若手医師を現地に送り、健康相談会を繰り返し開いてきた。必要があれば診療を行なうのはもちろんのこと、南相馬では妊婦家庭の除染活動も手伝った。
特に放射能汚染に怯える人への対策が難問だと言う。
「実際に被曝していなくても、不安でストレスが高じ、糖尿病や高血圧が悪化するんです。実は日本では、流通過程でのチェックが厳しく、食品からの内部被曝はあまりなかった。しかし、百聞は一見にしかずで、実際にその場でホールボディカウンター(内部被曝線量を測る装置)を使って被曝量を測り、その結果を見せると、どんな文献を見せるよりも安心してもらえます」
地元の住民に安心してもらうには、科学的、具体的事実が必要だ。
現地での活動を終えて夜遅く帰京し、研究室に行くと、同じく現地から戻ったばかりの若手が集まっていた。
「ファクトだ。ファクトをくれ!」
上氏の声が研究室に響いた。
※SAPIO2012年4月4日号