ライフ

会社やお金に守られなくなって初めてわかる 頭髪・睫毛・陰毛

〈毛のある生活〉の有難さもまた『毛のない生活』(ミシマ社/1575円)で知った〈福作用〉の一つだと、同書の著者で元幻冬舎編集者、山口ミルコ氏(46)は言う。

 有るはずのものが、無い。すると人はそれが有ることの奇蹟にようやく気づくらしい。頭髪や睫毛や陰毛、会社やお金に自分がいかに守られてきたか、守られなくなって初めてわかるのだ。

「世間って冷たいですよ~。会社員でも妻でもない女性は携帯一つ簡単に買えないなんて、私も会社を辞めるまで全く知らなかった!」

 右胸のしこりに気づいたのは、退社を考え始めていた矢先のこと。ガン細胞はいつしか腋のリンパ節にも転移し、2年余に及ぶ闘病生活は〈ちっぽけな自分〉と向き合う時間でもあった。

 だが彼女は自戒を込めて書く。〈成長、拡大、増殖のメッセージはもうたくさんだ〉〈いっそのこと。「小さくなる」のはどうだろう〉

 * * *
 山口氏は1965年東京生まれ。大学時代はビッグバンドでサックスを吹き、その後、見城徹氏を紹介された縁で、幻冬舎の創業にも参加。以来文芸から芸能まで数々のヒット作を手がける一方、〈高級外車を乗り回し、GI値の高い食事を好み、ハイブランドのスーツを着ていた〉。今思えば、より華やかに“足し算”で生きる典型的バブル世代とも言えたが、2009年3月の退職と4月のガン告知を機に彼女は一転無い無い尽しの“引き算人生”に突入する。

「なぜヴェルサーチなんて着ていたのか、無職の今は信じられませんけどね。でも当時は好きだったんですよ。仕事や会社も本当に好きで、心底愛していたから、掛値なしに頑張れた。

 あのころの私は〈いつもハレ〉〈雨が降ってもハレ〉(笑い)。仕事でも遊びでも自分が常に〈出席〉していないと不安だったんです。

 その仕事や会社にいわば私は失恋し、もう無理だと思った矢先、“ガンの花が咲いた”ということだと思う。それほど体内に取り憑いていた毒も今はスッキリ浄化され、〈欠席、可〉と思えるようになりました」

 翌月、患部を無事切除し、4度に亘る抗ガン剤投与にも何とか耐えた。その間、〈抗ガン剤後のからだは、ほんとうに必要なものしか求めてこない〉等々発見も多く、また、病と闘うにも本屋はまず本を開く。

「古くは貝原益軒の『養生訓』とか、予防や健康法の本ばかり読んでいましたね。私は治る、絶対生きてやると思うからこそ、闘病記は逆に怖くて読めなかった」

〈マクラが髪の毛だらけで真っ黒だったあの朝のことは、生涯忘れないだろう〉とある。毛という毛を悉く失う経験は彼女を文字通り丸裸にし、しかしそれこそが〈何者でもない〉自分を取り戻す契機になったと。

「ちっちゃいんですよ~。何者でもない自分って! でもそれがむしろ基本形なんですよね。毛も肩書もない自分を〈私は私〉だと思えれば逆に楽になれますし、私は私、相手は相手ですっくと立つ、一粒一粒の“粒立ち”を大事にすることで、例えば仕事や企業活動に関してもより幸福な形が模索できるかもしれない。

 経済効率なら経済効率という目標を皆で追うあまり、どの粒も摩耗しているのが今だとすれば、今後はその一粒にしか出来ない仕事をみんながやらないと世界と渡り合っていけないと私は思う。せめて経営者はその流れに敏感でいてほしいし、私たちもお互いちっぽけな個人の誠意や努力を正当に認め合う丁寧な社会を志向したい。考えてみれば別に小さいことは悪いことでも何でもないんですもんね」

●構成/橋本紀子

※週刊ポスト2012年4月13日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
渡邊渚さん(撮影/藤本和典)
「私にとっての2025年の漢字は『出』です」 渡邊渚さんが綴る「新しい年にチャレンジしたこと」
NEWSポストセブン
ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
実力もファンサービスも超一流
【密着グラフ】新大関・安青錦、冬巡業ではファンサービスも超一流「今は自分がやるべきことをしっかり集中してやりたい」史上最速横綱の偉業に向けて勝負の1年
週刊ポスト
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
12月30日『レコード大賞』が放送される(インスタグラムより)
《度重なる限界説》レコード大賞、「大みそか→30日」への放送日移動から20年間踏み留まっている本質的な理由 
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン