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プーチンの最側近47歳「灰色の枢機卿」はどうのし上がったか

 ついにプーチン氏がロシア大統領に復帰した。この先、12年間続くとされる「プーチン体制」のもとでは、どのようにして権力闘争が繰り広げられるのか? プーチン氏の「最側近」と目されるのはウラジスラフ・スルコフ副首相だ。かれはどんな人物でいかにしてプーチンから目をかけられるようになったのか。作家で元外務省主席分析官の佐藤優氏が解説する。

 * * *
 スルコフは、1964年9月21日生まれなので、現在47歳だ。父親がチェチェン人で、母親がロシア人である。改名前は、アスランベク・ドゥダーエフといった(チェチェン独立派の初代大統領ジョハル・ドゥダーエフとの姻戚関係はない)。チェチェン系であることが、権力闘争におけるスルコフの制約条件になっている。

 現下のロシアの社会状況で、父親がチェチェン人である政治エリートが大統領候補となることは不可能だからだ。かつて、グルジア人のスターリンが、ソ連の独裁者として君臨したが、国民の直接選挙による洗礼を受けていなかった。国民の直接選挙によって選ばれるという体制で、チェチェン人、チェルケス人などのコーカサス系の血が濃く入った大統領が誕生する可能性は低い。

 スルコフ自身、自らの制約条件を自覚しているので、目立たないように努めている。そのためスルコフは神秘的な雰囲気を醸し出しており、「灰色の枢機卿」(政権を裏で動かす人)と呼ばれ、畏怖されている。

 スルコフは、モスクワ国際関係大学の出身だ。この大学から、外務省、SVR(対外諜報庁)に就職する者が多い。スルコフは、大学卒業後、メナテップ銀行、アルファ銀行の幹部として勤務した。

 それだから、寡占資本家(オリガルヒヤ)の内情に通じている。1999年(時期不明)に大統領府長官補佐官に就任し、同年8月から大統領府副長官を務めている。エリツィン政権末期に、大統領府幹部に寡占資本家との関係の近い人々が就任したが、スルコフもその1人である。レニングラード(現サンクトペテルブルグ)大学の後輩であるメドベージェフ前大統領やKGB(ソ連国家保安委員会)で同僚であったセルゲイ・イワノフ大統領府長官のような、プーチンの譜代、親藩ではなく、スルコフは外様に属する。

 スルコフは2004年3月に大統領府副長官に加え大統領補佐官にも任命され、プーチンの最側近と見なされるようになった。昨年12月27日に副首相に転出した。プーチンによって、スルコフが高く評価された理由がある。

 それは、「主権民主主義」というプーチンの理念を的確に表現する思想を構築したことである。民主主義は普遍的な概念ではなく、国家、民族によって、形態を異にするというのが、この思想の核心だ。

 米国型の自由、民主主義、市場経済という価値観以外の民主主義を認めるということだ。主権民主主義という概念をスルコフが発見したことによって、プーチンによる強権的な支配体制を「ロシア型民主主義」であると強弁することが可能になった。

 ちなみに、主権民主主義は、ロシア思想の伝統を踏まえた上で構築されている。そこで鍵になるのは、ソ連によって国外追放されたロシアの思想家イワン・アレクサンドロビッチ・イリイン(1883~1954年)である。

 ロシアは正教に基づく「偉大な国民(ベリーキー・ナロード)」であり、外国に干渉されず、自らの運命を切り開くことができるという考え方だ。また悪に対する無抵抗や、非武装平和を排する。ロシアに敵対する要因に対しては、政治、宗教、イデオロギー、経済、軍事のすべてを動員して徹底的に戦うべきであると主張する。プーチンは、演説でイリインの発言を頻繁に引用するが、これはスルコフの影響である。

 有力な政治家は無意識のうちに理念を持っているが、それを的確に表現する思想的な言葉を見出すことができない。プーチンに思想的影響を与えようと試みた多くのイデオロギー官僚と異なり、スルコフは「プーチンの思想を別の言葉で表現する」というアプローチをとった。その結果、スルコフはプーチンの信任を得るようになったのである。

※SAPIO2012年6月6日号

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