ライフ

作家井上夢人「ストーカー凶悪化はテクノロジー進化が一因」

 読者――。作家・井上夢人氏の最新作『ラバー・ソウル』の場合、私たちの立場はまさにそう呼ぶに相応しい。そもそもの発端は洋楽誌にビートルズの評論を書くことで唯一社会とつながる「ぼく」こと〈鈴木誠〉が、愛車のコルベットを撮影に貸したことにあった。

 そのロケ現場に老人が運転するワゴン車が突っ込み、翌日、事故死したモデル〈モニカ〉の恋人〈遠藤裕太〉が自宅アパートで焼死を遂げた。その死の真相をめぐって、私たちは計12名に及ぶ関係者の証言を取調室の刑事さながらに「読む」のである。

 モニカの親友で同じモデル事務所に所属する〈美縞絵里〉や、撮影現場で一度会っただけの彼女を一方的に思慕する誠。元読者の彼の才能を見出した編集者の〈猪俣〉や、資産家の鈴木家に長年仕える〈金山〉など、視点が変われば見方も変わるが、それが自殺でも失火でもなく、誠の歪んだ愛に発した「事件」であることは早々に明かされる。そして起きる第二、第三の事件。卑劣なストーカー犯罪が思わぬ形で胸を衝く、驚天動地のミステリー、いや、〈純愛小説〉である。

〈すべてが運命だった〉と、誠が絵里との出会いを語れば、その場に居合わせた猪俣らがそれぞれ知る限りの客観的状況を説明し、執拗なストーキングに遭う絵里自身、被害の詳細と恐怖を切々と訴える。それらの証言から私たちは事件の概略を掴み、推理に興じるわけだが、瑕疵や思い込みも、そこには当然混在しておかしくはない。井上氏はこう語る。

「いかにも人の悪~いミステリーですよね(笑い)。本作では冒頭からいろんな人がいろんなことを言いますけど、あくまでそれは“その人が言うこと”。つまり同じものを見ても視点が違えば世界が変わり、価値の逆転すら起こりうるところが僕は面白いと思うので、そうした小説構造を今回は最大限かつ最悪の形で利用してみました(笑い)」

 元「岡嶋二人」の一人として知られる井上氏は無類のビートルズ通でもあり、表題は65年リリースのあの名盤に由来。それも「一枚まるごとの小説化」を目指したというから驚きだ。

「奇しくもあのアルバムは、彼らがアイドルからアーティストに脱皮する転換点となった作品で、それだけに4人の苦渋や煩悶が反映され、歌詞も実は相当おっかないものが多い。『ラン・フォー・ユア・ライフ』は他の男と一緒にいたら殺してやるという物騒な歌ですし、彼女が電話に出てくれないと嘆いたり、放火を匂わせてみたり、要はストーカーの歌じゃないかと(笑い)。

 しかも『ミッシェル』みたいにアイラブユーと連呼されると、感激する人もいれば警察に駆け込む人もいるわけでしょ。その辺りの受け取り方が極端に分かれるのも面白いので、収録曲を順になぞりつつ、全16章の小説にしてみようと」

 幼少の頃の病気が原因で正視が憚られるほど醜い容姿を持つ誠は、執事の金山に外界との接触を一切頼み、両親からも疎まれて育った。唯一の慰めは音楽で、特にビートルズに関しては驚異的な知識を持つ彼はやがて猪俣の雑誌に原稿を書くようになるが、編集部に出向いたのは一度きり。連絡は電話やメールで済ませ、撮影現場にもマスクにサングラス姿で赴いた誠は〈今の時代が、ぼくを存在させてくれている〉と嘯くのだ。

「彼が社会と接点を持てたのがテクノロジーのおかげなら、ストーカーを法律で規制しなければならないほど凶悪化させた背景にもテクノロジーがあり、技術が人間の行動を変え、関係性を変えるのはよくあること。男女に限らず、親の一方的な愛情が諍いや断絶を招く事態は昔もあったわけですが、そこにテクノロジーが絡むとストーカーだ虐待だパワハラだという話になる。

 実は『ラバー・ソウル』自体が、音響技術がモノラルからステレオに移行した時代の作品で、彼らはこのアルバムを境に演奏旅行を辞めてスタジオにこもり、実験的な音作りに貪欲になって行く。当初は2チャンネルで録音していたものが最終的には64チャンネルに増え、技術革新の波を味方につけた彼らの記念碑的作品『ラバー・ソウル』自体が、そうした人と技術の関係を内包しているんです」

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2012年7月13日号

関連記事

トピックス

騒然とする改札付近と逮捕された戸田佳孝容疑者(時事通信)
《凄惨な現場写真》「電車ドア前から階段まで血溜まりが…」「ホームには中華包丁」東大前切り付け事件の“緊迫の現場”を目撃者が証言
NEWSポストセブン
2013年の教皇選挙のために礼拝堂に集まった枢機卿(Getty Images)
「下馬評の高い枢機卿ほど選ばれない」教皇選挙“コンクラーベ”過去には人気者の足をすくうスキャンダルが続々、進歩派・リベラル派と保守派の対立図式も
週刊ポスト
不倫疑惑が報じられた田中圭と永野芽郁
《離婚するかも…と田中圭は憔悴した様子》永野芽郁との不倫疑惑に元タレント妻は“もう限界”で堪忍袋の緒が切れた
NEWSポストセブン
成田市のアパートからアマンダさんの痛いが発見された(本人インスタグラムより)
《“日本愛”投稿した翌日に…》ブラジル人女性(30)が成田空港近くのアパートで遺体で発見、近隣住民が目撃していた“度重なる警察沙汰”「よくパトカーが来ていた」
NEWSポストセブン
多忙の中、子育てに向き合っている城島
《幸せ姿》TOKIO城島茂(54)が街中で見せたリーダーでも社長でもない“パパとしての顔”と、自宅で「嫁」「姑」と立ち向かう“困難”
NEWSポストセブン
不倫疑惑が報じられた田中圭と永野芽郁
《スクショがない…》田中圭と永野芽郁、不倫の“決定的証拠”となるはずのLINE画像が公開されない理由
NEWSポストセブン
小室圭さんの“イクメン化”を後押しする職場環境とは…?
《眞子さんのゆったりすぎるコートにマタニティ説浮上》小室圭さんの“イクメン”化待ったなし 勤務先の育休制度は「アメリカでは破格の待遇」
NEWSポストセブン
食物繊維を生かし、健全な腸内環境を保つためには、“とある菌”の存在が必要不可欠であることが明らかになった──
アボカド、ゴボウ、キウイと「◯◯」 “腸活博士”に話を聞いた記者がどっさり買い込んだ理由は…?《食物繊維摂取基準が上がった深いワケ》
NEWSポストセブン
千葉県成田市のアパートの1室から遺体で見つかったブラジル国籍のボルジェス・シウヴァ・アマンダさん、遺体が発見されたアパート(右・instagram)
〈正直な心を大切にする日本人は素晴らしい〉“日本愛”をSNS投稿したブラジル人女性研究者が遺体で発見、遺族が吐露した深い悲しみ「勉強熱心で賢く、素晴らしい女の子」【千葉県・成田市】
NEWSポストセブン
女性アイドルグループ・道玄坂69
女性アイドルグループ「道玄坂69」がメンバーの性被害を告発 “薬物のようなものを使用”加害者とされる有名ナンパ師が反論
NEWSポストセブン
遺体には電気ショックによる骨折、擦り傷などもみられた(Instagramより現在は削除済み)
《ロシア勾留中に死亡》「脳や眼球が摘出されていた」「電気ショックの火傷も…」行方不明のウクライナ女性記者(27)、返還された遺体に“激しい拷問の痕”
NEWSポストセブン
当時のスイカ頭とテンテン(c)「幽幻道士&来来!キョンシーズ コンプリートBDーBOX」発売:アット エンタテインメント
《“テンテン”のイメージが強すぎて…》キョンシー映画『幽幻道士』で一世風靡した天才子役の苦悩、女優復帰に立ちはだかった“かつての自分”と決別した理由「テンテン改名に未練はありません」
NEWSポストセブン