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現代人に理解不能な日本人の不思議を描くナショナリズム小説

【書評】『憂国始末』(藤野眞功/新潮社/1600円+税)

 フィリピン最大の刑務所でプリズンギャングのボスに上りつめた男のノンフィクション『バタス 刑務所の掟』から、週刊誌の内幕を描いた長編小説『犠牲にあらず』まで幅広いジャンルを手掛ける気鋭の若手作家が著した「剣豪小説ばりの現代空手小説」である。

 尖閣・竹島問題を端緒として急激にナショナリズム旋風が吹き荒れるこの国で、たとえば講談社ノンフィクション受賞作の『ネットと愛国』(安田浩一著)はネトウヨへの巧みなカウンター・パンチだったが、本書『憂国始末』は、もっと別の意味でヤバイ。

 日本最大の空手組織「至一流」宗家の後継者騒動をめぐる2人の兄弟の物語は、明治生まれの開祖の人生から始まり、戦前の皇国史観や民族主義団体の歴史をほぼ忠実に取り込む形で平成まで100年のスパンで展開される。とくに、終戦直後に14人もの所属メンバーが集団割腹を遂げた実在の民族派団体の記録を換骨奪胎したパートからは、現代人にはほとんど理解不能な、切腹する日本人の不思議が強烈に滲み出ている。

 偉大な父親の後継第一候補でありながらアメリカ人の妻に振り回される長男と、長男の不甲斐なさが明らかになるにつれて次第に期待を集めるヤンチャな次男という兄弟の性格設定は、どう考えても「やんごとなき一家」にしか見えないが、そこはあくまでも空手小説。道場破りからテロリストまで「必殺技」なしのガチンコ対決がリアルに描写され、武道に懸ける者たちの熱に、読者は痺れるだろう。

 おそらく小説は、世直し目的で書かれるのではないのだ。本書には、一組の夫婦が三島由紀夫の割腹自殺について語り合う場面も登場するが、著者は三島由紀夫のように直接に政治を語りはしない。

 空手に絡めて時折語られるナショナリズムは、ある部分で肯定され、別の部分では強烈に否定される。熱烈な愛国者として登場する空手組織の二代目宗家に、「抹茶は、適当にミキサーでガリガリやったって構やしないんだ」といわせる、一筋縄ではいかない捻じれが本書をつらぬくリズムだ。

「平成日本に突きつけた匕首のような武道小説」とは、増田俊也氏(『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』著者)が帯に寄せた言葉である。

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