国際情報

スパイ映画 リアルなのは007より『寒い国からきたスパイ』

 現在、世界的に『007 スカイフォール』がヒットしている。英・諜報機関のエージェント・ジェームズ・ボンドを描いた同シリーズだが、日本に諜報機関がないことは、スパイ映画の楽しみ方にまで影響を与えるものらしい。諜報の世界に詳しい作家・落合信彦氏がスパイ映画の楽しみ方を語る。

 * * *
 人気シリーズの誕生50周年を記念して制作された映画『007 スカイフォール』が全世界で大ヒットとなった。

 シリーズ23作目となる今作にいたるまで、英諜報機関・MI6のエージェントであるジェームズ・ボンド役を演じた俳優は計6人にのぼる。こうしたかたちで半世紀もの間、人々に愛されるシリーズもなかなかないだろう。

 歴代ジェームズ・ボンドの中で、最も印象に残る俳優を挙げろと言われれば多くの人が初代ボンドのショーン・コネリーと答えるのではないか。彼はシリーズ第1作である『007 ドクター・ノー』の世界的な大ヒットでスターダムにのし上がった。確かに、大人の男の魅力に溢れる演技は観る者の心を奪った。

 ただ、このシリーズが大ヒットした要因としては俳優の素晴らしい演技に加えて、小道具まで含めたディテールがきめ細かく描かれていた点が挙げられるだろう。例えば、『ドクター・ノー』ではボンドが使う拳銃の種類は「ワルサーPPK」であった。

 実はイアン・フレミングの原作の時点では、ボンドは「ベレッタ」を使っていたのだが、原作の熱狂的ファンである拳銃マニアが、「ベレッタは女性用の銃で、ボンドが使うのはおかしい」と意見し、それが映画化の際に採用されたのである。

 こうしたファン思いのディテールは今も受け継がれている。最新作を観た読者諸兄であれば、今作でもボンドはQ(秘密兵器開発主任)からワルサーを支給されていたし、敵方に属す美女がベレッタを持っていたことを思い出すのではないだろうか。他にも機関銃などが仕込まれた「ボンドカー」も人気を博し、実際に映画で使用されたアストン・マーティンがオークションで400万ドルという価格で落札されたこともある。

 ただし、こうした魅力はあくまでエンターテインメント作品として優れているということであり、当然のことながら『007』はあくまでフィクションだ。現実の世界での諜報活動にジェームズ・ボンドのような男はいない。

 映画でリアルな諜報の世界を描いた作品としては、むしろ私がお薦めしたいのは1965年に公開された『寒い国からきたスパイ(The Spy Who Came in from the Cold)』である。名優リチャード・バートン演じるMI6エージェントが東ドイツに潜入するというストーリーだ。どんでん返しを楽しめる筋立てなので、面白く観てもらうためにここで細かい内容については触れない。

 ただ、諜報活動の世界に生きる者の現実がよく描かれている。敵国に潜入するための地道な偽装工作や、裏切りと謀略の中でミッションを達成する難しさ、そしてたとえ作戦が成功しても決して手放しの幸せを手に入れられないという過酷さそうしたリアルな諜報活動の一端を知ることができるだろう。

 諜報機関が実際に存在する国々では、ある程度、「リアリティを求めたスパイ映画」と「エンターテインメント性を追求した作品」が区別されてそれぞれ楽しまれている。一方、そうした機関と縁のない日本では、十把一絡げに「すべておとぎ話」と受け取られているように思えてならない。私は20年以上にわたって、「日本に諜報機関が必要だ」と主張してきたが、“諜報音痴”ぶりは映画の楽しみ方にも影響を与えている。

※SAPIO2013年2月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

永野芽郁のマネージャーが電撃退社していた
《坂口健太郎との熱愛過去》25歳の永野芽郁が男性の共演者を“お兄ちゃん”と呼んできたリアルな事情
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン
国民に笑いを届け続けた稀代のコント師・志村けんさん(共同通信)
《恋人との密会や空き巣被害も》「売物件」となった志村けんさんの3億円豪邸…高級時計や指輪、トロフィーは無造作に置かれていたのに「金庫にあった大切なモノ」
NEWSポストセブン
国民に「リトル・マリウス」と呼ばれ親しまれてきたマリウス・ボルグ・ホイビー氏(NTB/共同通信イメージズ)
ノルウェー王室の人気者「リトル・マリウス」がレイプ4件を含む32件の罪で衝撃の起訴「壁に刺さったナイフ」「複数の女性の性的画像」
NEWSポストセブン
愛子さまが佳子さまから学ぶ“ファッション哲学”とは(時事通信フォト)
《淡いピンクがイメージカラー》「オシャレになった」「洗練されていく」と評判の愛子さま、佳子さまから学ぶ“ファッション哲学”
NEWSポストセブン
年下の新恋人ができたという女優の遠野なぎこ
《部屋のカーテンはそのまま》女優・遠野なぎこさん急死から2カ月、生前愛用していた携帯電話に連絡すると…「ポストに届き続ける郵便物」自宅マンションの現在
NEWSポストセブン
背中にびっしりとタトゥーが施された犬が中国で物議に(FB,REDより)
《犬の背中にびっしりと龍のタトゥー》中国で“タトゥー犬”が大炎上、飼い主は「麻酔なしで彫った」「こいつは痛みを感じないんだよ」と豪語
NEWSポストセブン
(インスタグラムより)
《“1日で100人と寝る”チャレンジで物議》イギリス人インフルエンサー女性(24)の両親が現地メディアで涙の激白「育て方を間違ったんじゃないか」
NEWSポストセブン
藤澤五月さん(時事通信フォト)
《五輪出場消滅したロコ・ソラーレの今後》藤澤五月は「次のことをゆっくり考える」ライフステージが変化…メンバーに突きつけられた4年後への高いハードル
NEWSポストセブン
石橋貴明、現在の様子
《白髪姿の石橋貴明》「元気で、笑っていてくれさえすれば…」沈黙する元妻・鈴木保奈美がSNSに記していた“家族への本心”と“背負う繋がり”
NEWSポストセブン
ドバイのアパートにて違法薬物所持の疑いで逮捕されたイギリス出身のミア・オブライエン容疑者(23)(寄付サイト『GoFundMe』より)
「性器に電気を流された」「監房に7人、レイプは日常茶飯事」ドバイ“地獄の刑務所”に収監されたイギリス人女性容疑者(23)の過酷な環境《アラビア語の裁判で終身刑》
NEWSポストセブン
Aさんの乳首や指を切断したなどとして逮捕、起訴された
「痛がるのを見るのが好き」恋人の指を切断した被告女性(23)の猟奇的素顔…検察が明かしたスマホ禁止、通帳没収の“心理的支配”
NEWSポストセブン