芸能

「カラマーゾフの兄弟」フジの無謀な着想力に女性作家が一票

 今期も独特の視点からドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所の山下柚実氏。注目したのは土曜深夜の異色作だ。

 * * *
「6.4%」。前回第4回目の視聴率です。とても高いとは言えない。でも、数字なんてどうでもいい。そう思わせてくれる、ぶっ飛んだドラマが土曜日夜11時10分からの『カラマーゾフの兄弟』(フジテレビ系)です。

 ザラザラ、ヒリヒリした緊張感。ちょっと触ったらヤケドしそうな、ただれた世界。怖い。なのに一瞬たりとも目が離せない。

 まず、ロシア文学の巨星・ドストエフスキーの誰もが知っているあの古典を、日本で初めてドラマ化した勇気に一票。そして、ドラマの出来は、さらに何票か上乗せしたくなるハイレベル。

 脚本は大胆に、日本の話に書き換えられています。カラマーゾフ家は「黒澤家」。舞台はカラスが飛び回る「烏目町」。ヒモのような長男役は斎藤工、弁護士の次男が市原隼人、医大生の三男は林遣都。3人の男優が、それぞれ違うキャラクターを鮮やかに演じ分けている。そして、不動産・建設業を営む父・文蔵を、ベテラン舞台役者の吉田鋼太郎が。ものすごい怪気炎を吐いています。

 感情の起伏が激しく、暴力的精神の持ち主の父親が実に生々しい。その父親の怖さは、次男役・市原隼人がじっと静止し射抜くような眼光だけで演技をすればするほど、対比的に際立つ。そんな構造なのです。

 残酷で野卑な父親を、誰かが殺す。殺人事件が怖いのではない。人が人を追いつめていく精神のあり方が怖い。憎しみの深さが怖い。舞台を日本に置き換えても、原作のテーマはきっちりと押さえられています。

 原作『カラマーゾフの兄弟』は、神と信仰をめぐる論争シーン「大審問官」でも有名です。時に「宗教小説」とも呼ばれてきました。そんな難解な小説を、現代風にアレンジしドラマ化する企画はいったい誰が考えついたのか。フジテレビ編成部の、なんという無謀な着想力。

 例えば、三男が医大生という設定は、単なる思いつきではないらしい。「当時の宗教のように、現代人が盲目的に信じるものとして医学を位置づけた」とか。なるほど「盲目性」という共通項から考え出されている。細かい詰めが効いている。だからこそ、犯人は誰か、と筋を追うだけの単線形ドラマにならなかったのでしょう。

「カラマーゾフ」はロシア語で「黒く塗る」という意味。映像は、黒を基調としたダークな質感。音楽は、ローリングストーンズの「Paint It, Black (黒くぬれ)」。かと思えば、ビートルズの「Blackbird(黒い鳥)」が流れてくる。

 配役+脚本+演出。複数の要素が、重層的に響き合っている。ポリフォニックな構成力が、ドラマ『カラマーゾフの兄弟』の魅力を創っています。

 とすれば、もう一つ。触れておかなければいけないポリフォニックな要素が。それは、ドラマの間に流れる日産のCMです。『カラマーゾフの兄弟』の重たい世界を反転させた、パロディー版「バカリーズムの兄弟」。芸人・バカリズムの「ぼっちゃま」が、運転席の髭の執事と財産をめぐって会話を展開する。「ドラマinドラマ」手法のCM。実に凝っていて、シャレている。拍手。これも「ポリフォニック」な構成の妙。

 土曜日深夜11 時10 分からの枠は今、ドラマのみならず、CMも含めて、秀逸なエンタテインメントに仕上がっています。

関連記事

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《中国とASEAN諸国との関係に楔を打つ第一歩》愛子さま、初の海外公務「ラオス訪問」に秘められていた外交戦略
週刊ポスト
グラビア界の「きれいなお姉さん」として確固たる地位を固めた斉藤里奈
「グラビアに抵抗あり」でも初挑戦で「現場の熱量に驚愕」 元ミスマガ・斉藤里奈が努力でつかんだ「声のお仕事」
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
日本体育大学は2026年正月2日・3日に78年連続78回目の箱根駅伝を走る(写真は2025年正月の復路ゴール。撮影/黒石あみ<小学館>)
箱根駅伝「78年連続」本戦出場を決めた日体大の“黄金期”を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈1〉「ちくしょう」と思った8区の区間記録は15年間破られなかった
週刊ポスト
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
地元コーヒーイベントで伊東市前市長・田久保真紀氏は何をしていたのか(時事通信フォト)
《シークレットゲストとして登場》伊東市前市長・田久保真紀氏、市長選出馬表明直後に地元コーヒーイベントで「田久保まきオリジナルブレンド」を“手売り”の思惑
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
26日午後、香港の高層集合住宅で火災が発生した(時事通信フォト)
《日本のタワマンは大丈夫か?》香港・高層マンション大規模火災で80人超が死亡、住民からあがっていた「タバコの不始末」懸念する声【日本での発生リスクを専門家が解説】
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
NEWSポストセブン