ビジネス

時代の少し先を読む“掻敷”の精神で14代目『クラウン』を開発

 1955年(昭和30年)に初代の生産が始まった『クラウン』はトヨタのフラッグシップ車として“日本人の憧れのクルマ”の代名詞であり続けてきた。

 1990年代以降、ミニバンやコンパクトカーが隆盛を極め、往年の勢いはないとはいえ「カリーナ」「コロナ」など、かつての名車が消滅してもなおトヨタのクルマ作りの伝統を継承するブランドとしてその地位は揺るぎない。

 振り返れば『クラウン』には半世紀以上にわたる伝統の蓄積がある。山本自身もそのことを熟知した技術者だ。ともすれば伝統に胡座をかき、かつての成功体験をなぞるだけになりかねない。しかしそれは山本の考え、トヨタの流儀とは異なっていた。彼らが今回開発のキーワードとして、常に頭の片隅に置いていた戒めがある。

「『掻敷(かいしき)』という言葉があります。料理や神饌(しんせん)の下に敷く木の葉や花を指したものですが、たとえば晩春の頃では、桜の葉では遅く、紅葉では早すぎる。最適なのはカシワの葉など初夏の葉。

 このように、時代を先読みし、ちょっとだけ先を行くことが大切なんです。『クラウン』はこれまで、先に行き過ぎて、失敗したことがありました。1~2年先には常識になっていること。これを見極め、取り入れていくことが大切なんです」

 あくまで伝統を踏まえながら「ゼロから開発」する──。それを象徴するエピソードがある。

 クルマの開発はデザイナーの手によりスケッチがあがり、それに準じて実物大のクレイモデル(粘土製模型)が作られる。新型『クラウン』のクレイモデルが作られているとき、山本は社長の豊田章男がデザイナーに注文している言葉を耳にした。

「まだアイデアスケッチ通りになっていない」

 スケッチはアイデアのひとつ。世の中のトレンドと見た目の第一印象が優先され、洗練されたものが多い。しかし実際に規格に当てはめていく過程で当初あった特徴が薄れていくのが業界の常識だった。

 もちろん「何よりもクルマが好きな」社長もそのことは承知のはず。山本らスタッフには、『クラウン』に対する社長の思い入れの強さが伝わってきた。

 デザイナーに何度も修正を依頼すること4か月。時間はかかったが、力強いフロント、エレガントで美しいシルエット。まさに“新時代の『クラウン』”にふさわしい個性ある車を生みだした。

 クルマ好きのこだわりは、最上位モデルに搭載された3.5リットルV6エンジンにも見出せる。北海道士別にあるテストコースで10年以上、研究が続けられてきたサスペンション技術が採用されたのだ。

 この技術を新型『クラウン』専用にチューニングし、グリップ力を損なわず、路面から伝わる振動もいなし、高級車のしなやかな乗り心地を実現させた。また、新開発2.5リットルハイブリッドシステムを『ロイヤル』『アスリート』ともに新設をした。

 2012年12月25日。14代目『クラウン』の発表会で、豊田社長はこう宣言した。

「いいと思うことは、たとえ周囲に反対されてもやる。常に世界に挑戦する気概を持ち、新しい技術にチャレンジしていく。『クラウン・スピリット』は、いまもトヨタ開発者の心に生き続けております」

 山本はいう。

「アイデアはたくさんある。しかしそれを現実に結びつけることは容易ではない。まず現場が変わらなければならない」

 トヨタの、いやニッポンのものづくりの粋が結集された14代目『クラウン』。

 開発者たちの熱い思いが凝縮された一台となった。

■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)

※週刊ポスト2013年6月21日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
指名手配中の八田與一容疑者(提供:大分県警)
《ひき逃げ手配犯・八田與一の母を直撃》「警察にはもう話したので…」“アクセルベタ踏み”で2人死傷から3年半、“女手ひとつで一生懸命育てた実母”が記者に語ったこと
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
芸能活動を再開することがわかった新井浩文(時事通信フォト)
「ウチも性格上ぱぁ~っと言いたいタイプ」俳優・新井浩文が激ヤセ乗り越えて“1日限定”の舞台復帰を選んだ背景
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
小説「ロリータ」からの引用か(Aでメイン、民主党資料より)
《女性たちの胸元、足、腰に書き込まれた文字の不気味…》10代少女らが被害を受けた闇深い人身売買事件で写真公開 米・心理学者が分析する“嫌悪される理由”とは
NEWSポストセブン
ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン