ビジネス

日本企業の収益率が他国と比べて低い理由は失業率が低いから

 資産運用や人生設計についての多数の著書を持つ作家・橘玲氏が、世界経済の見えない構造的問題を読み解く『マネーポスト』の連載「セカイの仕組み」。株式市場の指標のひとつROE(株主資本利益率)を国際比較すると、欧米企業が20~25%程度なのに対し、日本企業は10~15%しかないという。これは日本企業の収益性が低いことを表わしているわけだが、その理由について、橘氏はこう解説している。

 * * *
 なぜ、日本企業の収益率は世界標準に比べて著しく低いのだろうか。その理由もはっきりしていて、日本の失業率が欧米に比べて低いからだ。

 日本の失業率は4.2%(2013年2月)で、5%を超えると自殺率が急増するなど大きな社会問題になる。それに対してヨーロッパでは、失業率の低いドイツやオランダでも5~6%、イギリスとスウェーデンは8%台で、フランスを含む南欧諸国は軒並み10%を超えている。スペインに至っては、2013年1~3月期の失業率は27.2%で、16~24歳の若年層ではなんと57.2%が求職中だ。

 ヨーロッパの場合は国ごとに労働法制が違うが、業績悪化による整理解雇が認められているアメリカでは世界金融危機以降失業率はずっと9%前後で、昨年あたりからようやく下がりはじめた(2013年4月で7.5%)。

 収益率を上げるもっとも確実な方法は、不採算部門から撤退し、収益性の高い部門にすべての資本(リソース)を投入することだ。ところが日本では正社員の解雇が事実上不可能なため、不採算部門を閉じると従業員の行き場がなくなってしまう。その結果、市場が縮小しているのに撤退できず、各社がひしめきあって価格の叩き合いをすることになる。

 収益性が低ければ、当然、事業は赤字になる。これでは会社が存続できないから、あとはコストを削減するしかない。整理解雇ができない以上、残された手段は人件費(賃金)を引き下げることだけだ。

 こうして最初はボーナスが削られ、定期昇給がなくなり、社宅などの福利厚生が廃止され、やがては基本給までカットされることになる。日本の会社は、採算割れの商品を販売することで自分の首を絞めながら、社員の給料を削って「失われた20年」をなんとか生き延びてきた。これが日本の物価が上がらない理由で、問題は中央銀行が日銀券を大量に供給しないことではなく、硬直的で流動性の低い労働市場にある。

 このように考えれば、日本の株価を上げるのに「黒田バズーカ」など必要ないことがわかるだろう。

 労働基準法を改正し、アメリカのように金銭支給を対価とした整理解雇ができるようにすれば、日本企業は余剰人員を一斉に吐き出し、不採算部門から撤退するだろう。その結果、過剰供給もなくなり、採算を度外視した価格戦略も不要になる。そうなれば消費者物価は自然と上昇し、給与も上がって消費が拡大し、売上と純利益が増えて株価も上昇するだろう。これはまさに、アベノミクスの理想の姿だ。

 しかしその代償として、日本の失業率も欧米並みの10%に近づき、街にはホームレスが溢れ、社会不安がひろがることになるかもしれない。

 なにもかもうまくいく、などといウマい話はどこにもない。私たちは常に、なにかを捨ててなにかを選ばなくてはならないのだ。

(連載「セカイの仕組み」より抜粋)

※マネーポスト2013年夏号

関連記事

トピックス

若手俳優として活躍していた清水尋也(時事通信フォト)
「もしあのまま制作していたら…」俳優・清水尋也が出演していた「Honda高級車CM」が逮捕前にお蔵入り…企業が明かした“制作中止の理由”《大麻所持で執行猶予付き有罪判決》
NEWSポストセブン
「正しい保守のあり方」「政権の右傾化への憂慮」などについて語った前外相。岩屋毅氏
「高市首相は中国の誤解を解くために説明すべき」「右傾化すれば政権を問わずアラートを出す」前外相・岩屋毅氏がピシャリ《“存立危機事態”発言を中学生記者が直撃》
NEWSポストセブン
3児の母となった加藤あい(43)
3児の母となった加藤あいが語る「母親として強くなってきた」 楽観的に子育てを楽しむ姿勢と「好奇心を大切にしてほしい」の思い
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
過去にも”ストーカー殺人未遂”で逮捕されていた谷本将志容疑者(35)。判決文にはその衝撃の犯行内容が記されていた(共同通信)
神戸ストーカー刺殺“金髪メッシュ男” 谷本将志被告が起訴、「娘がいない日常に慣れることはありません」被害者の両親が明かした“癒えぬ悲しみ”
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
木瀬親方
木瀬親方が弟子の暴力問題の「2階級降格」で理事選への出馬が絶望的に 出羽海一門は候補者調整遅れていたが、元大関・栃東の玉ノ井親方が理事の有力候補に
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
結婚を発表した趣里と母親の伊藤蘭
《趣里と三山凌輝の子供にも言及》「アカチャンホンポに行きました…」伊藤蘭がディナーショーで明かした母娘の現在「私たち夫婦もよりしっかり」
NEWSポストセブン
高石あかりを撮り下ろし&インタビュー
『ばけばけ』ヒロイン・高石あかり・撮り下ろし&インタビュー 「2人がどう結ばれ、『うらめしい。けど、すばらしい日々』を歩いていくのか。最後まで見守っていただけたら嬉しいです!」
週刊ポスト
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン