一流は一流を知る、ということなのだろう。一芸に秀でたプロ野球選手に、得意分野とは真逆の質問を投げ掛ける野球雑誌『野球小僧』(白夜書房)の名物企画「俺に訊くな!」。名選手たちは的確にスペシャリストは何が凄いのかを答えてくれた。昨年、『野球小僧』は残念ながら休刊してしまったが、リスペクトを込めてここに企画を復活させて頂き、通算306本塁打、1587三振の記録を持つスラッガー・広澤克実氏(51)に「バントの仕方」を聞いた。
ヤクルトを支え、その後、阪神、巨人でも四番を務めた広澤氏に、バントの仕方を訊ねてみると──。
「いいですよ! ボクはバントとは無縁に見えるでしょうが、一回も失敗したことはありませんからね」
意外な快諾に思わず戸惑ってしまった。というのも広澤氏の通算バント記録は13本のはず。訝る前に、まずは、広澤氏の話を聞こう。
「ポイントは最初からインハイにバットを構えておくこと。インハイへの直球が一番難しいとされていますけど、最初からそこにバットを合わせておけばインハイも対応できます」
バットをインハイに構えればストライクに来るボールはそれより低くなる。低めの球をバットで追うのではなく、膝を曲げて調節すると失敗も少なくなるとか。
紙幅の都合で詳細は省くが広澤氏のバント論は実に明快だった。たった13本とはいえ、100%成功という話も信憑性がでてくる。
「バントには鉄則があってそれさえ弁(わきま)えていれば失敗する確率はかなり下げられる。今の若い連中はそういうことも知らなくてね……」と、またしてもバント論が始まってしまった。ひとしきり終わったところで、よく知ってますね、いつ勉強したんですか。
「実はこれって野村(克也)監督の受け売りなんですけどね。ヤクルトはバントができない選手は使ってくれない。だからこういったセオリーを皆、当然のように覚えました。池山(隆寛)や古田(敦也)もバントできますよ。実際、ほとんどバント練習はしませんでしたが、セオリーを知っているだけで、実践でも失敗はしなかったです」
これぞ“ドヤ顔”という口ぶりである。図らずも、“野村ID野球”の底力が垣間見えた。
※週刊ポスト2013年8月16・23日号