今年7月29日、長野県駒ヶ根市の中央アルプス檜尾岳(2728M)付近で、ツアー登山の韓国人パーティー計4人が亡くなった遭難事故。死亡時に薄手のカッパを着ていたことから、軽装であったことが死につながってしまったと各メディアは指摘した。しかし、中央アルプスには歴戦の登山者をも唸らせる恐ろしさがあることを報じているメディアは少ない。
まず、この韓国人グループが目指した縦走ルートを確認しておこう。彼らは、池山林道(標高約1200M)から入山し、その後空木岳(2864M)を目指し、空木直下にある「木曽殿山荘」で一泊。翌日、東川岳(2671M)~熊沢岳(2778M)~檜尾岳~宝剣岳(2931M)というルートを縦走する予定だった。
1600Mほど登らなければならない初日と、比較的同じ標高の稜線を歩く2日目。宝剣岳の眼下には、ロープウェイの千畳敷駅もある。「翌日は雄大な景色を眺めながら、高低差の少ない稜線をのんびり歩いて、最期はロープウェイで簡単に下山」。そんな青写真を描いていたのかもしれないが、ここに大きな落とし穴がある。
2日目は一見、アップダウンが少なさそうに思えるが、実はとんでもなくハードなのだ。中央アルプスの頂上付近は、どの山も基本的に傾斜角度45度越えのガレ場。鎖や足場はほとんど作られておらず、フリーハンドでよじ登る体力と技術が必要とされる。
しかも、この縦走ルートは、それぞれの山につき2つはピークがある。空木岳にいたっては、第一ピーク、第二ピーク、第三ピーク(ここが空木岳の頂上)と3つもある。各ピークの間には100Mほどのアップダウンがあり、それを乗り越えてようやく本丸の頂上に到達することができる。
そして、次の山を目指すため200Mほど降りて、再び各ピークに挑むというわけだ。もちろん、てっぺん付近はガレ場となる。山小屋のご主人が、空木岳を目指す登山者に、「ストックは邪魔なだけです。リュックにしまって、手足をフル活用できるようにフリーハンドで登ってください」と呼びかけていたことを思い出す。
つまり、空木岳~東川岳~熊沢岳~檜尾岳~宝剣岳という名前の着いた山を大ボスと呼ぶとすると、それぞれの間に中ボスと呼べるピークが切り立っており、さながらノコギリの刃の上を歩いているようなアップダウンを繰り返えさなければならない。大ボス-中ボス-中ボス-大ボス、このようなセットを4~5回繰り返すわけだ。はっきり言って、軽装うんぬんの話じゃないのだ。
標高の数字だけ見ると、高低差の少ない気持ちの良さそうな縦走ルートに見える。しかし、その正体は、体力がない人、実力がない人は力尽きてしまう高難易度の縦走ルートだったのだ。
また、この縦走ルートの難易度を上げている要因の一つに、水場が少ないということも挙げられる。空木岳~東川岳~熊沢岳~檜尾岳~宝剣岳で水場があるのは、東川岳手前を脱線してたどり着く「義仲の力水」と呼ばれる水場のみ。木曽殿山荘から片道10分かかるため、“わざわざ”取りに行かなければならない。
いくら木曽義仲ゆかりの伝説の力水といえ、力水を取りに行って体力を浪費してしまっては元も子もない。非常に面倒な場所にしか水場がないので、水分補給のペースはもちろん、あらかじめたくさん水をリュックに詰め込むため積載量も重くなる。
そして、このルートは道案内の目印となるリボンやマーキングがわかりづらいということもポイントだ。連続したピークが次から次に現れるということは、道なき道であるガレ場をよじ登っていくことになる。
見えるところにリボンがないと、どこから進んでいいかわからなくなってしまうため、天候が良くないときは、道に迷うことも珍しくない。正直なところ、この悲惨な事故を見直す意味も含め、マーキングは再考していただきたいところだ。
最後に、このグループは檜尾岳周辺で遭難している。最終目的地は、宝剣岳である。全行程の約半分付近で力尽きてしまったということになる。檜尾岳には天気の良いときは視認できる避難小屋があるのだが、それすらわからないほどの悪天だったことが伺える。ハードな登り返しによって体力が力尽き、視界不良による不安から精神的な疲労も重なったのだろう。
「軽装だったから」の一言では、この避難事故を正視すること不可能だ。きちんと、自分が登る山と向き合いシミュレーションすることを心がけなければならない。装備が揃っていても、実力がなければ死んでしまう。もちろん、薄手のカッパという装備は言語道断だ。