ライフ

「ゲゲゲの女房」 多忙で余裕ない夫にいたたまれず20m家出

 王様のブランチの書評コーナーで知られる松田哲夫氏だが、編集者として様々な作家を担当してきた。そのなかから、今回はマンガ家の水木しげる氏との思い出を綴る。

 * * *
 水木しげるさんには『のんのんばあとオレ』、『ねぼけ人生』、『ボクの一生はゲゲゲの楽園だ』など多数の自伝があり、ドラマ化もされている。だから、多くの読者は、この天才が、いかに波乱に富んだ道を歩んできたかを知っている。

 腕白盛りの少年時代、学校も仕事も落第続きの青年時代。そして、戦争で九死に一生を得るが片腕を失う。戦後は、紙芝居、貸本マンガの世界で赤貧洗うがごとき生活を送る。雑誌「ガロ」発表作品で注目され、超売れっ子マンガ家になり、多忙の地獄も経験する。

 2008年、戦後の極貧時代から水木さんに連れ添ってきた布枝夫人が、夫婦の半生を綴った『ゲゲゲの女房』を刊行した。この本には、自伝では知り得なかった印象深いエピソードが書かれている。

 結婚式で隣り合わせになった時、義手が夫人の体に当たってコツッと音を立てたこと。売れないマンガに精魂を傾ける水木さんの後ろ姿に、尊敬の念を抱いたこと。一転、多忙を極め、余裕のなくなった夫にいたたまれなくなり、二十メートルの家出を敢行したこと。

 布枝夫人は昭和一桁生まれの我慢強い女性で、水木さんから「いつもぼんやりしている」と言われている。そういう彼女が、ついつい涙を浮かべてしまう場面が二か所ある。最初は、水木さんの代理で貸本マンガ出版社に原稿を届けるのだが、稿料を値切られた上に、作品をけなされて悔しい思いをした時。

 次は、末尾近く、水木さんが八十歳のときに恵まれた孫が、成人して子供をもうけるまで生きようと語り合うところだ。水木さんの自伝には、こういうウェットな感覚はない。だからこそ、夫人が涙を浮かべる場面はひときわ新鮮に感じられた。

『ゲゲゲの女房』は、その後、NHKの連続テレビ小説になり、高視聴率を記録した。向井理さん扮する水木さんは、ご本人の素っ頓狂な感じはなく(失礼!)、思索的で格好良かった。

※週刊ポスト2013年10月18日号

関連記事

トピックス

イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
《ビザ取り消し騒動も》イギリス出身の金髪美女インフルエンサー(26)が次に狙うオーストラリアでの“最もクレイジーな乱倫パーティー”
NEWSポストセブン
将棋界で「中年の星」と呼ばれた棋士・青野照市九段
「その日一日負けが込んでも、最後の一局は必ず勝て」将棋の世界で50年生きた“中年の星”青野照市九段が語る「負け続けない人の思考法」
NEWSポストセブン
東京都慰霊堂を初めて訪問された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年10月23日、撮影/JMPA)
《母娘の追悼ファッション》皇后雅子さまは“縦ライン”を意識したコーデ、愛子さまは丸みのあるアイテムでフェミニンに
NEWSポストセブン
2023年に結婚を発表したきゃりーぱみゅぱみゅと葉山奨之
「傍聴席にピンク髪に“だる着”姿で現れて…」きゃりーぱみゅぱみゅ(32)が法廷で見せていた“ファッションモンスター”としての気遣い
NEWSポストセブン
「鳥型サブレー大図鑑」というWebサイトで発信を続ける高橋和也さん
【集めた数は3468種類】全国から「鳥型のサブレー」だけを集める男性が明かした収集のきっかけとなった“一枚”
NEWSポストセブン
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKI(右/インスタグラムより)
《趣里が待つ自宅に帰れない…》三山凌輝が「ネトフリ」出演で超大物らと長期ロケ「なぜこんなにいい役を?」の声も温かい眼差しで見守る水谷豊
NEWSポストセブン
活動休止状態が続いている米倉涼子
《自己肯定感が低いタイプ》米倉涼子、周囲が案じていた“イメージと異なる素顔”…「自分を追い込みすぎてしまう」
NEWSポストセブン
松田聖子のモノマネ第一人者・Seiko
《ステージ4の大腸がんで余命3か月宣告》松田聖子のものまねタレント・Seikoが明かした“がん治療の苦しみ”と“生きる希望” 感激した本家からの「言葉」
NEWSポストセブン
“ムッシュ”こと坂井宏行さんにインタビュー(時事通信フォト)
《僕が店を辞めたいわけじゃない》『料理の鉄人』フレンチの坂井宏行が明かした人気レストラン「ラ・ロシェル南青山」の閉店理由、12月末に26年の歴史に幕
NEWSポストセブン
ナイフで切りつけられて亡くなったウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(Instagramより)
《19年ぶりに“死刑復活”の兆し》「突然ナイフを取り出し、背後から喉元を複数回刺した」米・戦火から逃れたウクライナ女性(23)刺殺事件、トランプ大統領が極刑求める
NEWSポストセブン
『酒のツマミになる話』に出演する大悟(時事通信フォト)
『酒のツマミになる話』が急遽差し替え、千鳥・大悟の“ハロウィンコスプレ”にフジ幹部が「局の事情を鑑みて…」《放送直前に混乱》
NEWSポストセブン
『週刊文春』によって密会が報じられた、バレーボール男子日本代表・高橋藍と人気セクシー女優・河北彩伽(左/時事通信フォト、右/インスタグラムより)
「近いところから話が漏れたんじゃ…」バレー男子・高橋藍「本命交際」報道で本人が気にする“ほかの女性”との密会写真
NEWSポストセブン