テレビの音声出力端子に接続した送信機で音声を飛ばし、耳にひっかけるヘッドホン方式のレシーバーで受信して聴く──信州の電子部品組み立てメーカー、エムケー電子が開発した『みみもとホンTV』の仕組みはいたってシンプルだ。
「でもこの商品には、大手メーカーにはマネできない、痒いところに手が届くこだわりの技術が込められているんです」
『みみもとホンTV』の開発者、常務取締役で商品開発部長の中島照正はそう語る。最大の特徴はレシーバーに搭載されたスピーカーだ。『みみもとホンTV』は従来のヘッドホンやイヤホンと異なる「超指向型」のスピーカーを採用しているため、耳の穴にスピーカーを入れる必要がない。
耳の穴とスピーカーの間に隙間があるのだ。そのためテレビの音声を聴きながら家族と話をしたり、玄関のチャイムが鳴ったり電話がかかってきても対応できる。補聴器の同時使用もOKだ。
「大手メーカーでは、高音質で再生させるため、スピーカーはなるべく鼓膜に近づけるのがいいとされてきました。でも、それでは周囲の音が聴こえないし、耳の負担にもなってしまう。そこで高音質で再生させるのではなく、安心して使えるようにしながらしっかり音が聴こえるようにしたのが、『みみもとホンTV』です。大手メーカーではこういった発想の転換は難しいでしょう」
無線化には、無線機器メーカー時代に培った技術や知識が役に立った。だが、難題がひとつあった。それは、加齢とともに聴こえにくくなった高音域を再現することである。
この問題は、地元の大学の研究室に協力を仰ぐことで解決した。聴こえにくい音域の周波数帯を割り出して、女性や子供の音声を含む比較的高音域を強調して再生できるよう調整を繰り返したのである。
また、有線モデル以上に音質にもこだわった。
「かつて、有線式ヘッドホンの人気ぶりを聞きつけた某大手メーカーの技術者が訪ねてきたことがありました。ところがその技術者は、『あんな音質のものを商品化するなんて、まるで素人だ』といっていたそうです。そんな陰口に負けてはいられません。技術者は自分の力がすべてです。とくに、会社の看板に頼っているような大手メーカーの技術者に負けるわけにはいかないのです」
足かけ3年。やっと中島が納得する商品が仕上がった。今年7月に発売されるや、予定の7000台は瞬く間に売り切れ、急遽増産することになった。
(文中敬称略)
■取材・構成/中沢雄二
※週刊ポスト2013年12月13日号