希望世帯数分の住宅を用意しない理由を市の復興まちづくり課はこう説明する。 「商業施設や病院や学校のことなどを考えると、できる限り町は1個所に集約すべきです。別の所に集落を作れば、それだけインフラなどの維持管理費はかさみます」
6月、市は内陸移転を希望した人に対して電話で「現地(閖上)に戻る意向」を追加確認し始めた。前出の山田さんは電話の様子をこう話す。
「閖上に戻る選択肢しかないまま、『岡区に入居できない場合は現地にしますか?』と聞かれた。仮設住宅に住むお年寄りたちのなかには居場所がなくなることを恐れて、仕方なく閖上を第2希望に選んだ人もいる」
小野寺美穂市議(共産党)は、計画自体がおかしいと憤る。
「海が怖くて戻れないという住民に対して内陸の選択肢を用意しないのは、国民に認められている居住移転の自由に反する。明らかな憲法違反なのに市の執行部は意に介さない」
ある住民も半ば自虐的に次のように話す。
「自力再建できない自分たち貧乏人や弱い者がいつまでも岡区に行きたいと主張していると、存在そのものを無視される」
結局、市は第2希望で閖上を選択した人たちを現地再建派として数え、8月、嵩上げの範囲を当初計画の半分以下となる32 haに減らして、人口2400人とする計画を最終決定した。国は9月11日、防災集団移転事業に対する復興交付金の国土交通大臣同意を出した。
一方、土地区画整理事業は県知事の認可を得る必要がある。10月に開かれた県の都市計画審議会(会長・森杉壽芳日大教授。以下、都計審)は荒れた。
事前に住民たちが16の意見書と400人分の署名を提出。その多くが都計審の審議対象外である集団移転事業計画の修正を求める意見や、住民の意見が反映されていない実態を訴える内容だった。
都計審は意見書を不採択としたが、同時に、被災者の感情に最大限配慮して民意調達の努力を求める建議と付帯意見を付けた。法的強制力はないが、異例の措置だった。
11月22日、村井嘉浩・宮城県知事は閖上の区画整理事業を素案通りに認可した。
●文/加藤順子(ジャーナリスト)
※SAPIO2014年4月号