ベストセラー『がんばらない』で知られる鎌田實医師は、食べることが大好きなのだそうだ。ボランティアなどで訪れる東北やイラク、チェルノブイリなど様々な場所で食事した体験から、人と一緒にご飯を食べる幸せについて鎌田氏が語る。
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僕は食べることが大好き。特にB級グルメには目がない。小さい頃はとても貧乏だったので、ご飯が食べられるだけで嬉しかった。
母は心臓病を患っており、入院していることが多かった。父はタクシーの運転手。仕事柄、夜中まで家に帰ってこない。家にはテレビがないので、テレビを観させてもらいに近所の家によく行った。
テレビを観ている時間帯に、そこのおばさんが夕食の支度をしていて、茶の間にいいにおいが漂うようになると、居づらくなる。
「テレビ、楽しかったです。おばさん、ありがとうございました」と言って帰る。また観させてもらうためには、こうすることが大切だと子どもながらにわきまえていた。
家に帰っても誰もいない。寂しいし、怖いし、お腹はすいている。なんとなく後ろ髪をひかれつつ、足をひきずるように帰ろうとする。よほど悲しそうにみえたのだろう。おばさんが見かねて「實ちゃん、ご飯食べていきなさい」と声がかかる。
涙が出るほど嬉しかった。おばさんは5回に1回は僕にご飯をご馳走してくれた。これを5回に3回にできないだろうかと考えた。
「おばさん、おいしいです」
「こんなにおいしいものを食べたことはありません」
と言うと、おばさんは嬉しそうな顔をして、
「實ちゃん、またいらっしゃい」
そう言ってくれた。僕はそれ以降、どんなものを食べたときにも「おいしい」と3回は言うようになった。
2月末に石巻に入ったとき、ボランティアの仕事がひと段落して、みんなで打ち上げをしていた。すると顔見知りのばっぱが牡蠣を2キロも持って来てくれた。これをみんなでカキフライにしたり、てんぷらにして食べた。
僕らとばっぱの間には温かな思いが通い始める。僕たちは一緒にご飯を食べているうちに、隠れた何かが動き始めるのだろう。
福島でも支援に入ると、携帯電話に何本もの電話が入ってくる。
「夕飯はウチで食べていけ」
刺身を持ってきてくれる人、お酒をぶら下げてくる人、僕の好物と知っていてホッキ貝の炊き込みご飯を作ってきてくれる人。おいしいものを食べると絶望の中でも楽観する力が出てくる。絶望を突破する力もわいてくる。一緒にご飯を食べると幸せホルモンのセロトニンが分泌されて生きる力もわいてくる。
今月上旬、『下りのなかで上りを生きる~「不可能」の時に「可能」を見つけろ』(ポプラ新書)を上梓したが、苦しいときに生き抜くための6つの力、「楽観力、回転力、潜在力、見通す力、悲しむ力、突破する力」について書いてみた。
他人とワイワイ言いながらの食事は、僕たちに大きな生きる力を与えてくれることだけは間違いない。
※週刊ポスト2014年3月28日号