〈子役が重要な役割を果たすのは、たいてい悲劇だ〉とあるが、『伽羅先代萩』の千松、『盛綱陣屋』の小四郎等に触れた一文が特にいい。
〈千松も、小四郎も、『寺子屋』の小太郎も、自分たちの運命が悲劇的だと感じることなどない〉〈ただ、がむしゃらに運命の中に身を投じただけだ〉
「なぜ観客が彼らに涙するかといえば、それが悲劇かどうかなど関係なく、自分の運命をただ懸命に生きているからだと思うんです。それは演じる子役たちもたぶん同じで、才能に関しても、発揮するのが幸せで、封じるのは不幸というベクトルばかりが強調される中、私は物事をもっとフラットな地点に引き戻したかった。才能が人を不幸にすることだってあるし、仮にそれを犠牲にしてでも守りたいものがあるならそういう選択もありだと思う。不幸なんかじゃ、全然ありません」
子供に関する先入観をも、本書は覆す。一見無邪気でか弱い彼らは、私たち大人がかつてそうだったように、もっと賢明で強いのだ。
「それを大人はすぐ忘れる。大人の世界の常識に、搦め取られてしまうんですね。そうした作中に滲む作者自身の価値観が意外と大事なんじゃないかと私は最近思っていて、悲劇=可哀想という単純な括りやわかりやすさばかり歓迎する傾向に私なりのNOを言いたい。
この世界は簡単なんかじゃない、もっとわかりにくくて恐ろしいものだと、途方に暮れるのが始点。むしろ私にはそのフラットな地平が、どんな風にでも始められる希望に思えるんです」
ちなみに「人間の強さも弱さも、潜在的に見たいものを見せてくれる歌舞伎は今も昔も究極のエンタメ」と近藤氏は言い、〈夢とうつつ〉の境などどうでもよくなるような高みを、彼女の場合は小説でめざし続ける。
【著者プロフィール】近藤史恵(こんどう・ふみえ):1969年大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒。1993年『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。梨園探偵・整体師探偵・料理人探偵など多くの連作を持ち、猿若町捕物帳や南方署強行犯係シリーズも人気。2008年『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞、第5回本屋大賞2位。続編『エデン』も含めロードレース関係者にも評価が高い。『キアズマ』『土蛍』『はぶらし』『シフォン・リボン・シフォン』など著書多数。152cm、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年8月8日号