「蘭十郎はわりと俺自身に近い設定ですね。小心者で口は達者だけど、ケンカはできませーんって(笑い)。一方久秀も出自には諸説あって、むしろ有名になったのは三好一族を、家臣でいながら死に追いやったり、足利義輝を暗殺したりした、悪事のおかげなんだよね。
かと思うと茶道具の目利きで築城の天才でもあり、信長が後に安土城の手本にする多聞城では天皇の墓を暴いて墓石を基礎にしたり、やることなすこと合理的。もっとも悪の語源は割るのワルらしく、形あるものや権威を壊す早すぎた天才は、当時の信心深い人からすれば非常識な極悪人になる」
つまり久秀こそは信長の先駆者ではないかと……。
「久秀は奈良の城下で楽市楽座に似た経済実験もしているし、宗教に対する姿勢も信長は久秀と妙に近い。久秀が最初に背いた時も、信長は刀を2本差し出させただけで許してしまう。信貴山城で自爆した最期だって、茶釜さえ渡せば命は許すと言ったり、なぜか久秀にだけ信長は大甘なんです」
久秀が着々と出世を遂げる間、こぼれ聞こえる2人の会話こそ本書最大の読み処だ。蘭十郎だから話せる早すぎた革命児の偽らざる心中や、合理と一言で括るには惜しいほど豊かな知性や感性に触れる時、本作は時代小説ではなく小説として、読む者を強く揺さぶる。
例えば〈俺の弟になれ〉と久秀が言い出したのは、どんな美女にも満たされず、〈死んだ女〉を抱いたことすらあるという久秀と尼寺に忍び込み、尼たちの躰に数日溺れた後のこと。が、蘭十郎が寺から帰ると母は死んでいた。疫痢だった。それを聞いた久秀は屋敷に彼を住まわせ、蘭十郎好みの〈まさ音〉という幼妻まである方法で添わせるのだ。