“誤解”を解くために、宮内庁は1996年12月、33歳の誕生日に雅子妃の単独会見を開いた。その場で雅子妃は「(海外の報道は)少し極端ではないでしょうか」と語り、一旦は海外の「過熱報道」は沈静に向かったかに見えた。
だが、2001年12月の愛子内親王誕生を機に、再び海外報道が白熱する。
英紙『ガーディアン』は〈男子のみ後継可能な法律をどう変えるか〉、米紙『ニューヨーク・タイムズ』は社説で〈日本の女性天皇の時代〉と報じ、皇位継承権を男系男子に限定する皇室典範の改正に言及した。再び「男尊女卑の皇室」の国際的イメージを増幅させ、日本ではタブーだった「女性天皇論」は政治を巻き込む議論に発展していく。
その3年後、皇室を揺るがした「人格否定発言」問題でも、欧米メディアは雅子妃に同情的な論調を展開した。宮内庁OBが語る。
「英国では主要4紙がこの問題を大きく取り上げました。国内では『人格否定』の犯人捜しが主な話題でしたが、英紙の報道はいずれも皇室の構造的な問題に踏み込むものでした」
海外メディアの雅子妃同情論は、2006年9月、秋篠宮家に悠仁親王が誕生するとさらに強まった。「将来の天皇誕生」と慶事に沸く日本メディアと対象的に、仏紙『ル・モンド』は男系男子を求める皇室制度を〈男性支配的でアナクロである〉と断じた。折しも悠仁親王の誕生直前、皇太子一家は雅子妃の治療のためにオランダ静養に入っていたが、現地紙は〈弟宮妃の出産からの逃避行〉と報じている。
しかしそうした海外の同情論は、雅子妃を取り巻く環境に新たな軋轢をもたらした面も否定できない。
「男系男子を支持する皇室典範改正反対派からは、『日本の皇室と諸外国の王室を同一視すべきではない』『ゴシップにまみれた欧州の王室と日本の皇室は違う』という主張が上がり、それはオランダ静養を雅子妃の“わがまま”と見なす論調に結びついた。外国の同情論は雅子妃に対する批判的な声を強める結果になった」(東宮職関係者)
宮内庁が今回の「世捨て人」報道をタブロイド紙ながらも敏感に受け止めるのは無理からぬ事情があるのだ。
※週刊ポスト2014年11月21日号