雅子さま一覧

【雅子さま】に関するニュースを集めたページです。

眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
 小室圭さんの、3度目のニューヨーク州司法試験が迫っている。そんな小室さんとともに姿がキャッチされた妻・眞子さんのファッションからは、海外での新婚生活という華やかな様子は感じられず、海外メディアに「ユニフォーム」と指摘されるほど、いつも決まったシンプルな出で立ちだ。だが、本来の眞子さんの私服はもっと華やかだった。4年前、女性セブンが見ていた「結婚前のプライベートショット」を振り返る。「皇族のファッション」というと、フォーマルなイメージを抱く人がほとんどだろう。昨年小室圭さんと結婚し、ニューヨークに渡った眞子さんは民間人になった。海外メディアも含めこれまでに写真つきで報じられた姿のほとんどが、カジュアルなファッションだった。 渡米時は、紺の丸首セーターに黒のワイドパンツ姿。渡米後、初の週末デートを楽しんだ際には、裾を大きく折り返した太めのデニムパンツと、黒いレザーのショートブーツだった。 それまで、“プライベートファッション”があまり世間の目に触れてこなかっただけに新鮮に映る面もあったが、6月8日、英タブロイド紙『デイリー・メール』は、眞子さんの直近のファッションについて「ユニフォームのようだ」と指摘した。 たしかに、黒っぽいトップスにデニムパンツと、眞子さんのコーディネートのバリエーションは、そう多くはないようだ。 税金を原資にした生活を送っているため、皇室の方々には「質素倹約」の精神が根付いている。加えて、ニューヨーク州司法試験に2度不合格だった小室さんの収入は物価が高騰しているニューヨークでの生活に心もとなく、自由にファッションを楽しめない側面もあるのかもしれない。 遡ることちょうど4年前、『女性セブン』は眞子さんのプライベートシーンをとらえていた。2018年2月に小室さんとの結婚延期が発表され、当時は様々な事情が“宙ぶらりん”な状態。そんな最中の2018年6月、見頃を迎える紫陽花に彩られた梅雨時の神奈川・箱根に、学習院初等科から高等科時代まで一緒だった友人3人と、眞子さんは1泊2日の女子旅に出かけた。 キャリーケースを引いた眞子さんは、黒のカットソー姿。黒いトップスは現在と印象が変わらないが、その時はひらひらと風になびくフレンチスリーブだった。 また、濃いブルーのグラデーションがかかったロングスカートは、裾にゴールドのラインが輝く。ワンサイドに流したロングヘアからは、時折大ぶりなイヤリングがのぞいていた。 小室さんの試験が迫っている。「三度目の正直」が叶えば、眞子さんも以前のように、心おきなくコーディネートを楽しめるようになるかもしれない。
2022.07.01 16:00
NEWSポストセブン
ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
「巣ごもり」が心と体に大きな負担となることを、この2年間で多くの人が実感した。鳥のさえずりと虫の音しか聞こえない“ポツンと一軒家”である「皇居・御所」に、天皇ご一家が引っ越されて9か月あまり。雅子さまと愛子さまにとって、その静寂すぎる環境での「巣ごもり」が招くのは、強い孤独感ではないか──。 行政機関の庁舎や大企業のオフィスがひしめき合い、平日はビジネスパーソンが行き交う東京・千代田区。高層ビルが建ち並ぶコンクリートジャングルのイメージが強いが、面積の1割以上は、皇居の緑豊かな自然が占めている。 皇居には、天皇ご一家のお住まいである御所や、各種行事が執り行われる宮殿、皇室ゆかりの美術品が収められている三の丸尚蔵館、宮内庁庁舎などがある。さまざまな植物が生い茂る広大な敷地の中に、建物が点在しているのだ。御所がある「吹上地区」は皇居のほぼ中心に位置する。多様な樹木が密生している森林であり、そこが大都会のど真ん中であることを忘れてしまいそうになる。「吹上地区の中でも、御所のあたりは周辺道路からも遠く、昼間も静寂に包まれています。森にはかわせみ、とんぼ、クワガタムシなど多数の生物が生息し、なかには希少種も存在します。時には、むささびやたぬきが出没することもあるほどで、自然が豊かなエリアです」(宮内庁関係者) 御所は、地上2階、地下1階建てで、1993年に完成した。天皇ご一家のプライベートスペースであるお住まいと、執務に使われる大広間などの公室、職員が事務作業を行う部屋からなっている。 昨年9月、天皇ご一家は長く親しまれた旧東宮御所(港区元赤坂)から、御所へと引っ越された。即位から約2年半、ようやくお住まいもふさわしいものになったわけだが、世間からあまりに隔絶された環境が雅子さまに暗い影を落としている──。 天皇皇后両陛下は6月20日「日本芸術院賞」の授賞式への臨席のため、日本芸術院会館(東京・台東区)に足を運ばれた。「雅子さまはクリーム色のセットアップに、同じ色のハットと靴を合わせられ、パールのアクセサリーをお召しになっていました。気温が30℃に迫る暑い日でしたが、300人ほどの人が集まり、両陛下は笑顔でお手振りをなさっていました」(皇室記者) 授賞式には笑顔で臨まれた一方、最近の雅子さまのご体調には心配が募るばかりだ。5月31日、雅子さまは皇居内にある「紅葉山御養蚕所」で、蚕に餌となる桑の葉を与える「御給桑」という作業を行われる予定だった。御養蚕は、歴代の皇后に受け継がれてきた重要なお務めだ。「ところが、雅子さまのご体調が整わず中止に。翌6月1日に、陛下と愛子さまが加わりご一家で御給桑は行われました」(前出・皇室記者) 6月8日には、繭をその年に初めて収穫する「初繭掻き」が予定されていたが、こちらも延期になった。理由は同様に、雅子さまのお加減によるものだった。「腰の違和感が原因だそうで、御養蚕の作業の延期は2度目。初繭掻きは3日後の11日に行われました。雅子さまは、繭を取り外しながら“わたあめみたい”と感想を述べられ、作業にあたった職員を“大変だったでしょう”と労われたそうです。初繭掻きの作業の後には、陛下と愛子さまも合流され、『毛羽取り』や『繭切り』の作業を一緒にされました。しかし、腰の調子は万全ではなかったといいます」(宮内庁関係者) 御給桑と初繭掻きの作業に挟まれた6月5日には、両陛下は「全国植樹祭」にオンラインで出席され、参加者と懇談などをされた。「発表段階では、雅子さまは『ご体調次第』でのお出まし予定でした。結果的に出席されましたが、顔色があまり優れず、表情が急に暗くなられたようにも見受けられました」(皇室ジャーナリスト)新型コロナの流行と重なった引っ越し 2004年に適応障害と診断されてから、雅子さまのご体調は快復の途上にある。「当時は、体調を理由に公務を欠席されることに批判も多く、そうした声がますます雅子さまを追い詰めていった部分もあるでしょう。療養に入られて以降は、公務から遠ざかる時期が長く続きました」(前出・皇室記者) それでも、御代がわりが迫ると、雅子さまのお心とご活動に大きな変化が見えた。「2018年、全国赤十字大会に15年ぶりに出席された雅子さまは、美智子さまから名誉総裁のバトンを受け継ぎました。赤十字の名誉総裁は代々、皇后が務めてきましたから、雅子さまのご就任は既定路線でした。それでも、ステージ上で、美智子さまが雅子さまの手を取られた“サプライズ”は雅子さまにとって、皇后としての決意と覚悟を固められる出来事であったに違いありません」(前出・皇室記者) また、2019年、天皇陛下の即位に伴うパレード「祝賀御列の儀」の際には、沿道に詰めかけ手を振る国民の姿を目にされ、感無量のご様子だった。「思うように公務ができないことに苦しまれていた雅子さまは、国民の祝福の様子を見て驚かれたそうです。そっと涙をぬぐわれる場面もありました」(前出・皇室記者) 時代は令和に変わり、皇后というお立場で順調に快復されようとしていた。その矢先に起きたのが、新型コロナウイルスの流行だった。「それまでは少なくないお出ましの機会を目標にしてご体調を整えていたので、波はありながらも、一定の調子を保てていました。しかし、コロナ禍で公務が急減したので、コンディションを保たれることが難しくなったといいます」(前出・宮内庁関係者) そんな状況下で行われたのが、御所への引っ越しだった。美智子さまも戸惑われた それまで天皇ご一家のお住まいがあった赤坂御用地は、南側が国道246号、西側が新国立競技場や神宮球場のある明治神宮外苑と接している。「周囲には平日・休日を問わず多くの人や車が行き交っています。時には球場の歓声や打ち上げ花火の音、赤坂消防署のサイレンが聞こえることもある。敷地内には宮内庁職員やその家族も住んでいます。赤坂御用地は、一般の人たちの生活音が入ってくる環境です」(前出・宮内庁関係者) 御用地内には、秋篠宮邸や三笠宮邸、高円宮邸もある。当然、それぞれの職員がいて、巡回する皇宮警察官も多い。ひとたび御用地内を出歩けば、「誰かと顔を合わせる」ことは日常茶飯事だ。一方、皇居の御所はというと、鬱蒼と生い茂る森の中にある“ポツンと一軒家”だ。「当然、敷地内にほかの皇族方のお住まいはありません。顔を合わせるのは数名の側近職員のみで、宮内庁庁舎で勤務する職員も、めったなことで『吹上地区』には近づけない。誰かに会いたくても、“会わない”し、“会えない”んです」(前出・皇室ジャーナリスト) 当初は、そうした環境の変化は、雅子さまの快復に一役買うものとみられていた。「雅子さまの適応障害の原因は、皇太子妃となられたことで、多くの人の視線が集まることになじまなかったからだと囁かれました。一方、静養などで訪れる那須御用邸の、自然豊かで静謐な雰囲気をいたく気に入られていたこともあった。療養中の一時期、生活リズムが少々乱れたことがありましたが、そのときにも、夜遅く静まりかえった赤坂御用地内を散策されていたことがありました」(前出・宮内庁関係者) ところが、初めのうちは雅子さまにとって理想にも思えた「静かすぎる環境」が、負担になってしまっていたのかもしれない。「生来、雅子さまはアクティブな性格でご友人も多く、外交官時代も多くの人とコミュニケーションを取りながらお仕事をされてきました。そんな雅子さまにとって、一時の“静かな環境”は必要だったのかもしれませんが、閉ざされた御所での生活が延々と続くことが、むしろマイナスになってしまっていると言えるのかもしれません。 事実、かつて美智子さまもその空気に戸惑いを覚えられたことがあり、あまりにも世間から隔絶されているため、御所での暮らしについて“季節がわからなくなる”と漏らされたことさえあったといいます。 誰にも会わず、ただ静かな環境に居続けることは、一般人にとっても耐え難いでしょう。まして、気軽に他人と接触することがかなわない皇后というお立場ならなおさらではないでしょうか」(別の皇室ジャーナリスト) 時折見かけるのは、見回りを行う皇宮警察官の姿だけ。しかし、それは雅子さまにとっての安心材料にはならないようだ。《皇族への「悪口」はびこる「皇宮警察」》『週刊新潮』(6月23日号)に、そんな見出しが躍った。記事によれば、皇宮警察の幹部職員が、初等科時代の愛子さまを「クソガキ」と呼んだり、三笠宮家の彬子さまと瑶子さまの容姿を揶揄する発言が、皇宮警察内で行われているという。極めつきは、紀子さまのことを「般若」に例えた悪口もあったという。「皇居内でそうした振る舞いが行われていたということは、当然のことながら皇族方にも伝わっているはずです。なにしろ、ある皇族の悪口を書いたメールをご本人に誤送信したケースもあったそうで……。御所の近くで顔を合わせる機会のある数少ない人の中に、そのような“悪口”を発する人物がいるのであれば、雅子さまは当然、不信感を抱かれるでしょう」(前出・皇室記者)標識もなにもない森の中を延々と進む 外界から隔絶した空間での暮らしを余儀なくされているのは、愛子さまも同様だ。2020年4月、コロナ禍真っ只中で学習院大学に入学された愛子さまは、以来大学には通われず、一貫してオンラインでの受講を続けられている。「いまは登校もできるようになっているのですが、愛子さまは、ご自身が感染して両陛下にご迷惑をおかけすることがあってはならないと、苦渋の選択をされたそうです」(前出・宮内庁関係者) 高校時代までのように、学び舎でお友達と言葉を交わす機会はない。それどころか、お住まいが御所という環境では、コロナ禍が過ぎ去ったとしても、私的にお友達を招き入れることも難しいだろう。「旧東宮御所は、すぐ近くに東宮御所正門(現・仙洞御所正門)があり、ご友人や客人をお招きするのも比較的容易でした。学習院初等科時代には、お祭りを模した縁日を催すなどして、ご友人を招かれています。しかし、御所となるとそうはいきません。標識もなにもない、森の中を延々と進まなければならない。気軽にご招待というわけにはいかないんです」(別の宮内庁関係者) 愛子さまもまた、雅子さま譲りの活発さをお持ちだという。それだけに、窮屈な思いを抱かれていることは充分考えられる。「世間から隔絶された『閉ざされた御所』での生活が長引けば、雅子さまにとっても、愛子さまにとっても不安が募るでしょう。これまで、雅子さまのご体調とシンクロするように、愛子さまの初等科時代の不規則登校や、中等科時代の長期欠席が表面化したことがあっただけに、また揃って“不調のトンネル”に入ってしまうことがなければいいのですが……」(前出・別の宮内庁関係者) そんな不安をよそに、今日も御所の周囲には、ただただ静謐な空気が流れている。※女性セブン2022年7月7・14日号
2022.07.01 07:00
女性セブン
公務に邁進されている(6月、東京・港区)
佳子さま「公務に積極的」になられた背景に「皇籍離脱」「結婚」か
 ご両親との断絶、公務への消極姿勢──これまでの佳子さまからは、女性皇族としての人生への困惑と葛藤が感じられた。しかし、そのご様子が大きく変わりつつある。佳子さまの複雑な胸の内。「佳子さまは、普段どんなことをされているのか」 少し前に、宮内庁担当記者が秋篠宮家の側近職員にぶつけた質問だ。しかし、職員はしどろもどろになるばかりで、詳しいところを明かすことができなかった。それほどまでに、これまでの佳子さまの生活ぶりはベールに包まれていた。ところが、最近の佳子さまのご活躍ぶりはめざましい。 5月7日に「みどりの感謝祭」(東京・千代田区)、6月3日に「産経児童出版文化賞贈賞式」(東京・港区)、12日に「東京都障害者ダンス大会ドレミファダンスコンサート」(東京・渋谷区)へとお出ましになった。7月中旬には、地方での公務も予定されているという。また、6月14日には、かつて姉の小室眞子さんが務めていた「日本工芸会」の総裁に就任されることが明らかになった。「眞子さんが務めていたお役目を引き継ぐのは、日本テニス協会名誉総裁に続いて2つ目です。佳子さまは2019年に国際基督教大学(ICU)を卒業されましたが、公務に消極的だと指摘されることもありました。その背景には、秋篠宮ご夫妻との距離や、以前より抱かれている“皇室を脱出して、皇族の身分を離れたい”というお気持ちがあるように見受けられたのですが……。ここにきての方針転換は、どういった心境の変化なのでしょうか」(宮内庁関係者)「世論を味方につければ潮目は変わる」《皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる》 現行の皇室典範には、そう規定されている。憲法の言葉を借りれば「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するわけだが、眞子さんと小室圭さんの騒動の余波はまだ続いており、「女性皇族の結婚」そのもののハードルが上がっていることは否めない。「“眞子さんと小室さんの結婚への段取りが進められている”と報じられた当初は、世間からも歓迎されましたが、小室さんの母・佳代さんと元婚約者の金銭トラブルが報じられると世論の風向きが一気に変わった。その騒動を見た後で、佳子さまのお相手候補に名乗り出る男性がはたしてどれだけいるか……。仮にいたとしても、“佳子さまの夫としてふさわしいか”という議論が巻き起こり、大きな関心を集めることは目に見えている」(皇室記者) 結婚以外にも、女性皇族が皇室から脱出する方法はある。《年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる》 皇室典範には、そうも記されている。2名の皇族や総理大臣、衆参両院議長や宮内庁長官らからなる「皇室会議」で承認されれば、皇族の身分を離れることができるのだ。実際、1982年に「ヒゲの殿下」の愛称で親しまれた三笠宮家の寛仁さまが、社会福祉活動への専念のため皇籍離脱の意思を表明されたことがあった。 皇室会議は男性皇族の結婚など、皇室のなかでも極めて重要な問題を議論する場である。戦後、旧皇族の皇籍離脱を除いて、7回開かれたうちの6回は男性皇族の結婚について。唯一趣旨が異なるのは2017年、天皇の退位に関する皇室典範の特例法が議題にあげられたケースだ。 寛仁さまの場合は、伯父にあたる昭和天皇の説得もあり、皇室会議が開かれることなく、寛仁さまは皇室に残ることを選択された。それだけに、佳子さまが皇籍離脱の承認を得ることは簡単なことではない。「眞子さんの結婚は、世論が反転したことで暗礁に乗り上げました。特に、秋篠宮さまが求められた『国民の納得と祝福』が最後まで得られなかったことで、結婚に関する儀式は行われず、結婚一時金も支払われなかった。 眞子さんの結婚を後押しされる一方、佳子さまはそうした状況を冷静にご覧になっていたのではないでしょうか。“世論を味方につければ潮目は変わる”とお考えになった可能性は大いにあります」(皇室ジャーナリスト) 一刻も早く、皇室を「脱出」したい。結婚には何より相手が必要だけれど、皇室会議で皇籍離脱の承認をこぎつけるためなら、ひとりでも動ける──。「皇族としてのご自覚を持って公務を行われようとするお気持ちの一方、佳子さまは国民の中に“味方を増やしたい”とお考えなのかもしれません。熱心に公務にお出ましになる姿を見せることで“佳子さまはここまで頑張っているのだから”と、自らの皇籍離脱を前向きに認めてもらう世論を作りたいのではないでしょうか。 結婚は、皇籍離脱をして一般人になってからでもできます。むしろ、一般人同士の結婚ならば、天皇陛下の『裁可』をいただく必要もなく、皇族としての結婚の儀式も不要なため、格段に“意中の相手”と結ばれるためのハードルは低くなる」(前出・皇室ジャーナリスト)佳子さまはかけがえのない「戦力」 ご本人が望まれるなら皇籍離脱をさせてあげたい──懸命に公務を担われる佳子さまのお姿を見て、将来そのように感じる国民は少なくないだろう。ところが「佳子さまが公務に励まれれば励まれるほど、皇室脱出からは遠ざかる」(別の宮内庁関係者)という声もある。「皇室の先細りは喫緊の課題です。高齢化も著しい。かつて数人で手分けをしていた要職を兼任することも増えています。例えば、日本テニス協会の名誉総裁は、秋篠宮さまが初代で、眞子さん、佳子さまと引き継がれました。一方、日本工芸会の総裁は、高松宮さま、桂宮さまが務められ、その後、眞子さん、佳子さまに引き継がれています」(前出・宮内庁関係者) つまり、精力的に公務をこなされる佳子さまは、皇室にとってかけがえのない「戦力」であり、簡単に手放せる存在ではなくなるのだ。皇室脱出ということになれば、公務の担い手不足がより加速することになる。 結婚が先でも、皇室脱出が先だったとしても、佳子さまと皇室にとって危うい大問題が具現化することになる。現在、政府は皇族数減少への対応策を練っている。「昨年12月、政府の有識者会議による最終報告書では、皇族数の確保のために『女性皇族が結婚後も皇室に残る』のが主要な案の1つとされました。議論の方向によっては、佳子さまは結婚しても皇室に残り、公務を担わなければいけなくなる可能性が高い」(別の皇室ジャーナリスト) 少なくともそれは、佳子さまが描かれる理想とはほど遠いだろう。※女性セブン2022年7月7・14日号
2022.06.30 07:00
女性セブン
白を基調としたフォーマルなコーデの美しき佳子さまに感嘆
秋篠宮家、公務のちぐはぐ 佳子さまとご夫妻の間にすきま風、悠仁さま公務回避の理由は?
 6月12日、秋篠宮ご夫妻は、広島県で開かれた全国ろうあ者大会に臨席された。「大学時代から手話に親しまれてきた紀子さまは、通訳者なしでやり取りをされていました。スピーチの際には、秋篠宮さまがぎこちないながらも手話を披露され、大きな拍手が送られたシーンもありました」(皇室記者) しかし、全国ろうあ者大会を主催する全日本ろうあ連盟に非常勤の嘱託職員として勤務する佳子さまは、広島の会場には姿を見せられず、都内で行われた「東京都障害者ダンス大会ドレミファダンスコンサート」に臨席された。「秋篠宮家の公務には、ちぐはぐさを感じてしまいます。眞子さんの結婚を巡る騒動以降、眞子さんの“応援団長”だった佳子さまとご両親の間にはすきま風が吹いているといわれてきましたが、それが目に見える形になっている。 6月中旬には、秋篠宮ご夫妻は東京国立博物館で開催されている沖縄にまつわる特別展『琉球』に足を運ばれる予定です。天皇皇后両陛下も、上皇ご夫妻も足を運ばれました。皇室と沖縄の関係を考えれば当然の公務と言っていい。ただ違和感を覚えたのは、ここでも佳子さまはご夫妻とお出ましにならないこと。そして、悠仁さまも帯同なさらないことです」(前出・皇室記者) 先の戦争が、国民と皇室に与えた影響は大きい。紀子さまはこれまでに、2013年の沖縄訪問や、広島の平和記念公園、戦時中の資料を展示する「昭和館」(東京・千代田区)の観覧に悠仁さまをお連れになっていた。しかし、今回の『琉球』の観覧にはお連れにならない。「小室圭さんは、7月に3回目となるニューヨーク州の司法試験に挑みます。眞子さんの結婚を巡って秋篠宮家への逆風は収まっていません。加えて、悠仁さまの高校進学にまつわる疑念の声もある。紀子さまとしては、“悠仁さまのご評判”を気にされ過剰に注目されることを避けられているようにも思われます」(宮内庁関係者) 悠仁さまや佳子さまが公の場に姿を現し、“ご活躍”が伝えられるようになることを願ってやまない。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.18 07:00
女性セブン
(撮影/JMPA)
上皇ご夫妻、1年7か月ぶりにおふたりそろって外出 「愛の手つなぎ」お姿
 上皇陛下の一歩後ろを歩かれる美智子さま。館内へと入られるときには、そっと陛下のお手を取り、優しくつながれていた──上皇ご夫妻は6月9日、東京国立博物館で開かれた、沖縄復帰50年を記念する特別展『琉球』を鑑賞された。その日のお姿は、いまも互いに支えあわれていることが感じとれるものだった。そんな「愛の手つなぎ」を写真で振り返る。 今回の展覧会ご鑑賞は、上皇陛下にお疲れの様子がみられるという理由から、6月2日の予定から9日に延期されたものだった。そんな陛下のご体調を思いやるように美智子さまは陛下の手を取られ、約40分間、じっくりと展示を見てまわられた。 ご到着の際にはひとり歩かれる陛下を見守る美智子さまだったが、館内へと入られるのにあわせ、そっと陛下の腕に手を添えて歩かれていた。 ご夫妻が皇居や御用邸以外にそろって外出されるのは、2020年10月末の明治神宮参拝以来と実に1年7か月ぶり。上皇陛下は「これはいつ頃ですか」などと展示について熱心に質問され、たびたび「沖縄は戦争があったけれど、よく残っていましたね」と述べられていた。撮影/雑誌協会代表取材※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.17 11:00
女性セブン
悠仁さまは共学の筑附でハド部に入った
悠仁さま 夏本番を前に「冷房を」と学校関係者にお求めか ほかの生徒も驚く
 今年4月から筑波大学附属高校(筑附高)に通われている悠仁さま。同校では6月4日、年に1度の大きなスポーツイベントが行われた。筑附高と、学習院高等科・学習院女子高等科との間で行われている、体育会系の部活動の伝統的な対抗戦だ。野球やサッカー、テニス、柔道、剣道などの試合が行われた。「例年であれば、当該の部活動の生徒は試合に臨み、そうでない生徒は各校を自由に行き来しながら声援を送ります。ところが、今年はコロナ禍ということもあり、試合のある部活動に所属していない生徒は、登校の必要がなかった」(筑波関係者) 悠仁さまもまた、学校にお姿をお見せになることはなかった。「悠仁さまは、バドミントン部に入部されました。中学時代は卓球部でしたので、シフトチェンジしたようです。どうやらバドミントン部を選択されたのは、“学習院との対抗戦がないから”という理由だったようです」(前出・筑波関係者) 秋篠宮家と学習院の深い溝はしばしば報じられてきた。そもそも学習院は「皇族のための学校」だ。天皇陛下も秋篠宮さまも、幼稚園から大学まで学習院で学ばれた。しかし、お子さま方の自由意志を尊重する教育方針の秋篠宮家では、長女・眞子さんが学習院女子高等科から国際基督教大学(ICU)に進み、次女・佳子さまも一度は学習院大学に進学されながらも中途退学してICUに再入学された。 悠仁さまにいたっては、幼稚園からお茶の水女子大附属を選ばれ、これまでに学習院とは一切のかかわりを持たれていない。対抗戦で「学習院と戦う」という事態を回避されたかったのだろう。「悠仁さまは今後の高校生活を充実させるチャンスをふいにされたかもしれません。筑附高は大半が附属中学校からのエスカレーター組で、悠仁さまのように高校からの入学組は少数派。学校行事はクラスメートと交流をはかり、親睦を深める絶好の機会だったのですが……」(前出・筑波関係者) 筑附高入学に際しても、悠仁さまが利用された『提携校進学制度』には、「特別扱いではないか」という声が聞かれた。加えて、入学前には、過去に文学賞を受賞された作文に「コピペ疑惑」が持ち上がったこともあった。「それだけに周囲に溶け込めるか心配だったのですが……。つい先日ですが、学校関係者に対して、悠仁さまが“暑いから冷房を入れてください”と求められたことがあったそうです。まだまだ夏本番とはいえませんから、学校関係者もやんわりと諭して断ったようですが、お考えをはっきり表明される悠仁さまに、ほかの生徒も驚いたといいます」(前出・筑波関係者) 一方、悠仁さまの教育に並々ならぬ力を入れられてきた紀子さまは、「保護者会に参加されたが、特に発言などはされなかった」(別の筑波関係者)という。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.17 07:00
女性セブン
成年会見以降、表立ったご活動をされていない(2021年12月、東京・千代田区。写真/宮内庁提供)
愛子さま“雲隠れ”の背景に悠仁さまの存在 宮内庁は「愛子天皇待望論」再燃を危惧か
「皇后雅子さまだけでなく、天皇陛下や愛子さまもご一緒に『養蚕』の作業を行われたことを、担当記者たちは事後に知らされたそうです。すこぶる天気のいい日で、ご一家が揃われたのであれば、それは微笑ましい雰囲気であったと推察されますが、なぜかこっそりと密やかに行われました」(皇室ジャーナリスト) 6月1日、皇居のほぼ中心にある紅葉山御養蚕所。ここで蚕に桑の葉を食べさせる「御給桑」が行われた。御養蚕は歴代の皇后に受け継がれてきたものだ。この日は愛子さまのご希望もあって、ご一家での作業となったという。「特に注目されたのは、愛子さまのご動静でした。昨年12月の成人後、愛子さまが公の場に出られたのは3月の成年会見だけ。成年のご報告のための伊勢神宮(三重県伊勢市)や昭和天皇陵(東京・八王子市)などへの参拝も済まされていません。担当記者らは、御養蚕は愛子さまが活動される貴重な機会だったと色めき立ち、“せめて養蚕の作業をされているお姿の写真を公開してほしい”と宮内庁にリクエストしたのです」(前出・皇室ジャーナリスト) 美智子さまや雅子さまが養蚕の作業をされる場面は、宮内庁側が写真に収め、新聞やテレビメディアを通じて広く世間に伝えられてきた。今年の御養蚕でも、もちろんそのご様子が発表されると思われたのだが──。「結局、そのときの愛子さまのお写真は公開されませんでした。なぜ頑なに愛子さまのご活動が伝えられないのか。学業優先はよくわかりますが、まるで“お姿を隠されている”ようにすら感じます」(前出・皇室ジャーナリスト) 愛子さまは現在、学習院大学の3年生だ。学習院大学ではすでに対面での授業が再開されているが、愛子さまは新型コロナの感染対策のため、すべての授業をオンラインで受講されている。「新規感染者数は減少傾向ですが、“万が一にも自分が外からウイルスを持ち帰り、両陛下に感染させてはいけない”というお考えから、おこもり生活を続けられています。とはいえ、ずっとお部屋にというわけにもいきませんから、職員らとバドミントンをされるなどして体を動かし、気持ちをリフレッシュさせていらっしゃいます」(皇室記者) 前述の通り、愛子さまが公に姿をお見せになったのは、3月の成年会見が最後だ。以降、御養蚕もしかり、愛子さまのお出ましの可能性がなかったわけではない。アメリカのバイデン大統領の訪日もそうだ。5月23日、バイデン氏は皇居・御所を訪れて天皇陛下と会見をした。「夫人を伴わない訪日だっただけに、慣例的にも陛下がおひとりで対応されました。一方で、かつてアメリカで生活され外交官としても活躍された雅子さまや、高校時代の短期留学を通して海外へのご興味を抱かれ、英語力もめざましくいらっしゃる愛子さまが、バイデン氏へのご挨拶にお姿を見せられるのではないかと囁かれました。しかし、実現はしませんでした」(前出・皇室記者) 通学の必要がない分、オンラインでの授業は時間的な猶予を持ちやすい。それでも、愛子さまはバイデン氏への挨拶に姿を見せられることはなく、御養蚕のお姿の公開も避けられた。 たしかに、皇室の暗黙の了解として「学生のうちは学業が優先」というものはある。だが、皇族の絶対数が減少し、公務の担い手が限られる中で、愛子さまのご活躍への期待は自然に膨らんでいる。「宮内庁にとっても、愛子さまの“不在”は本意ではないでしょう。成年関連行事、成年会見でのお姿から明らかなように、愛子さまには皇族としての威厳や風格がすでに備わっています。コロナ禍で国民と直接対話をするのが難しくなっている皇室にとって、愛子さまの露出は欠かせません」(宮内庁関係者) しかしそれに反して、愛子さまの“雲隠れ”の時期が続いているのはなぜか──その背景には、これからの皇室を一緒に担われる、悠仁さまの存在があるようだ。国民を二分する議論は避けなければならない 昨年12月、安定的な皇位継承の在り方を検討してきた政府の有識者会議は、最終報告書で悠仁さまが皇位を継承するまでの流れを「ゆるがせにしてはならない」と結論づけた。つまり、将来の天皇は現在の皇室典範に則って悠仁さまである。翻せば、女子である愛子さまに即位の可能性はない。 しかし、国民の間には「愛子天皇」を望む声が多いことは事実だ。成年会見以前に行われた各種世論調査では、国民の約8割が「女性天皇」を容認している。前出の宮内庁関係者は「宮内庁は、愛子さまのご活躍に期待する一方で、『愛子天皇待望論』の再燃を危惧している」と話す。「愛子さまが公務やお出ましでご立派な姿を見せられ、活躍されればされるほど、国民から高い支持を得ることになるでしょう。そうなることは、成年に際する一連の愛子さまのお姿を見れば自明です。すると、相対的に悠仁さまの存在感が薄まってしまう。 その状況がエスカレートすると、将来の天皇は悠仁さまと決まっているにもかかわらず、『愛子さまと悠仁さまのどちらが将来の天皇にふさわしいか』という議論に発展しかねません。皇室、ひいては国民を二分する議論は避けなければならない。 そのお考えは、陛下も雅子さまも同様のはずです。そのため、愛子さまのお姿が極端に“見えない”状態が続いているのでしょう」(前出・宮内庁関係者) お二方の“ご活躍”が、広く伝えられるときが一日も早くやってくることを願ってやまない。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.16 07:00
女性セブン
(撮影/JMPA)
天皇皇后両陛下、全国植樹祭にオンラインで臨席 豊かな緑への願いがこもった1日
 両陛下にとって「四大行幸啓」と呼ばれる主要行事の1つである「全国植樹祭」に、天皇皇后両陛下がオンラインで臨席された。森林に対する愛情を培うことを目的にした行事で、天皇陛下は「実り多い学校生活を送ってください」と参加した小学生にお声がけされた。6月5日、豊かな緑への願いがこもった一日を写真でプレーバックする。 昨年に引き続き式典はオンライン開催。滋賀県甲賀市の会場と皇居・御所が中継で結ばれた。赤坂御所からのお引っ越し後、両陛下が御所の玄関から行事に出席されるのは初めてのことだった。 式典でお言葉を述べられる陛下。「健全な森林を育み、(中略)次の世代、またその次の世代へと引き継いでいくことは、私たちの果たすべき大切な使命」と思いを明かされた。 両陛下が手ずから種の「お手播き」をされた。参加した小学生のアナウンスに合わせて、滋賀から運ばれたクロマツなどの種をプランターに植えられた。 両陛下自らクワを握り、苗木を植えられることも。天皇陛下は滋賀県北部の巨木林で有名な「トチノキ」など、雅子さまは滋賀県の県の木である「イロハモミジ」などを植えられた。 式典の終盤には現地会場で地元団体らによるパフォーマンスが実施。両陛下は会場の人たちに合わせて黄色いハンカチを振りながら、目を細めてご覧になっていた。 式典を終えた後には、植樹祭や緑化啓発のポスター原画コンクールの入賞作品を鑑賞され、制作した児童らとオンラインで懇談された。雅子さまは「力強くて躍動感がありますね」と声をかけられたという。撮影/雑誌協会代表取材、時事通信社 写真/宮内庁提供※女性セブン2022年6月23日号
2022.06.11 07:00
女性セブン
小学生の頃、生物クラブに所属されていた雅子さま(2021年5月、東京・千代田区。写真提供/宮内庁)
愛子さま“雅子さまの重責”をお手伝い 養蚕で見えた公務へのご覚悟
 生糸の生産に不可欠な蚕のなかでも、ひときわ細く質の高い生糸を吐き出す種「小石丸」。純国産の蚕で、病弱で飼育が難しいとされる。しかし、若葉が萌える皇居では、今日も小石丸が生命を紡ぎ、伝統をつないでいる。 皇后雅子さまが6月1日、皇居内にある「紅葉山御養蚕所」で、蚕に桑の葉を与える「御給桑」に臨まれた。「前日の5月31日に行われる予定でしたが、雅子さまのご体調が整わず、翌日に持ち越されました。その日は体調面にも問題がなかったようで、長時間にわたって作業をされました」(皇室記者) 皇室と養蚕の関係は、古くは日本書紀に記述があるとされる。現在のように皇居内で飼育が行われるようになったのは、明治天皇の皇后である昭憲皇太后が伝統的な養蚕の手法を取り入れてから。以来「皇后の務め」として引き継がれてきた。皇后手ずから生み出される最上級の生糸は、文化財の補修などに用いられている。雅子さまが養蚕に本格的に携わられるようになったのは、2018年のことだった。「それまでは、上皇后美智子さまが担われていました。秋篠宮家の紀子さまや眞子さんが、御養蚕所で一緒に作業されたことがあったのに対し、雅子さまにはそうした機会がなかったため、“雅子さまは蚕が苦手なのでは”と囁かれたこともありました。実際のところは、“養蚕は皇后の仕事であり、皇太子妃が積極的にかかわるものではない”というお考えから、遠慮されていたようです」(前出・皇室記者) それから4年が経ち、この初夏には慣れた手つきで作業をされた雅子さまのお隣には、天皇陛下と愛子さまのお姿もあった。「愛子さまは、小学生の頃に学校で配布された卵から蚕を育てられ、いまもお住まいで飼育を続けられています。ただ、御養蚕所でのお手伝いはされたことがなかった。その日は、愛子さまのたってのご希望もあり、ご一家での作業となりました」(前出・皇室記者) 昨年12月に成年皇族の仲間入りを果たされた愛子さまは、現在、学習院大学の3年生だ。学生のうちは学業に専念される予定で、卒業以降、本格的に公務にお出ましになることが期待されている。一方、将来の公務の担い手が減少してしまうことは火を見るより明らかで、「結婚後の女性皇族のお立場」についての議論が進められている。「愛子さまへの期待は膨らむばかりで、結論によっては、愛子さまは生涯にわたり公務を担われる可能性もあります。今回、愛子さまは皇后の務めである養蚕の作業を行われました。雅子さまのその重責をご一緒に背負われることで、愛子さまは公務へのご覚悟を新たにされたのではないでしょうか」(前出・皇室記者) 精力的に務めを果たされている雅子さまだが、まだまだ療養中の身だ。雅子さまの務めを支えられることで、愛子さまは母と娘の絆を感じられながら、皇族としての役割を身をもって学ばれている。※女性セブン2022年6月23日号
2022.06.10 07:00
女性セブン
雅子さま、ご自身の“皇后スタイル”固まり「あとは愛子さまだけ」のお気持ちに
雅子さま、ご自身の“皇后スタイル”固まり「あとは愛子さまだけ」のお気持ちに
「雅子さんのことは、ぼくが一生全力でお守りしますから」。天皇陛下の、雅子さまへのプロポーズのお言葉である。6月9日、両陛下は29回目の結婚記念日を迎えられ、結婚生活は30年目に入る。 両陛下の、お互いを慈しみ、尊重し合う姿勢は、当時からまるで変わっていない。ご体調が心配される雅子さまも、このところ、外出を伴う公務に続けて出席されるなど、順調に快復へ向かわれていることが感じられる。 5月19日には、名誉総裁を務められる全国赤十字大会へ臨席された。その壇上で、ちょっとしたハプニングが起きていた。「日赤の事業に貢献した人に、雅子さまが有功章を授与されたときのことです。受章者の礼を待たずに雅子さまが有功章をお渡しになりそうなシーンがありました。以前の雅子さまでしたら、そうした“ミス”を深刻に捉えすぎてしまう面がありました。しかし、周囲の心配をよそに、今回は動揺したご様子は見られませんでした」(宮内庁関係者) 雅子さまが歩まれてきた道のりは、決して平坦ではなかった。「ハーバード大学卒業、外務省勤務という華々しい経歴に注目が集まりました。成婚後すぐの中東訪問では、女性王族の集まりで、通訳なしで会話を弾ませるなど、雅子さまにしかなしえない国際親善の力を遺憾なく発揮された。 一方で、ご自身の言葉で話され、時には口を開けて表情豊かに笑われたり、感極まって涙をこぼされたりする姿が“皇太子妃らしくない”とバッシングされたこともありました」(皇室記者) そうした否定的な意見や、お世継ぎ問題にさらされ、2004年、雅子さまは長い療養を余儀なくされることとなった。 しかし、2019年に皇后というお立場になられ、雅子さまは自信を取り戻されつつある。「きっかけは、2019年11月の、即位祝賀パレードでしょう。雅子さまはそれまで、思うように公務ができないことに苦しまれていたといいます。しかしその日、たくさんの歓声を浴びて、想像よりも多くの国民から好意的に受け入れられていると気づき、驚かれたそうです。流れる涙を白い手袋でぬぐわれるシーンもありました」(前出・皇室記者) 即位関連行事での海外要人の接遇や、コロナ禍でのオンライン公務などを通じて、雅子さま流の“皇后スタイル”が固まるにつれ、雅子さまは再び、表情豊かに活躍されようとしている。 そんな雅子さまが、目下気にかけ、焦燥されているのが、愛子さまの今後だという。 愛子さまは昨年12月に20才の誕生日を迎えられてから、いくつもの行事を立派にこなされてきた。「愛子さまが成年行事で見せられたローブ・デコルテ姿、また、成年会見での、ユーモアも交えた初々しくも堂々としたお話しぶりは、周囲の期待を遥かに上回るものでした。 滑り出しは順調そのものです。両陛下は、愛子さまには、どのような公務で本格的な皇族のご活動のデビューを飾らせるかに思いを巡らせていらっしゃるようです。両陛下のお気持ちとしては“あとは愛子さまだけ”といったところでしょう」(前出・宮内庁関係者) 愛子さまが成年皇族として独り立ちされれば、雅子さまの皇后としてのご活動は、ますます充実するだろう。「将来的には、天皇家のお三方でのご活動はもちろん、陛下と愛子さま、雅子さまと愛子さまという取り合わせでのご活動もあるかもしれません」(前出・皇室記者)「令和の天皇家」が、新たなステップに進まれようとしている。※女性セブン2022年6月16日号
2022.06.06 07:00
女性セブン
雅子さまと紀子さまの共演
雅子さまと紀子さま「全国赤十字大会」にご出席 3年ぶりに妃殿下方がお揃い
 雅子さまは透け感を取り入れた白と紺の装いで、紀子さまはミントグリーンのセットアップ。5月19日、3年ぶりの開催となった「全国赤十字大会」に雅子さまと紀子さま、信子さま、久子さまら妃殿下方が出席された。「雅子さまは名誉総裁、紀子さまは名誉副総裁としてのご登壇でした。雅子さまは名誉総裁に就任されてから、2回目となるご出席。最初は緊張の色も見えましたが、終始笑顔で取り組んでおられました。一方、紀子さまは雅子さまが欠席された15年間を“皆勤賞”です。美智子さまゆずりのさすがの落ち着きを見せられていました」(皇室記者) 笑顔と落ち着き。服の色だけでない、それぞれの“カラー”が見えた公務だった。撮影/雑誌協会代表取材※女性セブン2022年6月9日号
2022.05.26 19:00
女性セブン
成年皇族としてのご活動に注目が集まる(3月、東京・千代田区。時事通信フォト)
愛子さま、バイデン氏御所訪問にお姿なく 雅子さまが思い描くデビューのタイミング
 成年にまつわる行事と会見を通じて、愛子さまへの国民の期待は一層高まった。それを陰ながら支えられたのは、母である雅子さまだった。しかしそれから、愛子さまのお姿を目にする機会はない。「アメリカ大統領来日」という大きなトピックを控えて、雅子さまが巡らせた思いは──。 天皇ご一家のお住まいである皇居・御所。5月23日午前10時、その玄関に「誰」が姿を見せられるのか──そこに密かな注目が集まっていた。「愛子さまは昨年末に成年皇族となられましたが、実はそれから一度も表立っての活動をされていません。愛子さまの成年皇族としての“デビュー”がいつか、皇室関係者もメディアも固唾をのんで見守る状況が続いていたのです。愛子さまの英語力は、陛下と雅子さま譲りで、大変流暢に話されるそうです。ならば、その日が“デビュー”にぴったりではないかと期待されていました」(宮内庁関係者) その前日の5月22日、米軍横田基地(東京都福生市など)では、軍用機などを一般公開するイベントが開催され多くの見物客で賑わっていた。夕暮れ時、水色に輝く巨大な機体が滑走路に降りてきた。人々が一斉にカメラを向けたのは、“空飛ぶホワイトハウス”の異名を持つ大統領専用機「エアフォース・ワン」。タラップを下りてきたのはジョー・バイデン米大統領だ。 翌23日朝、バイデン氏が大統領専用車「ビースト」で向かったのは御所。前述の通り、詰めかけたメディアの密かな関心は、玄関で雅子さまと愛子さまが出迎えられるのか、ということだった。その日は雅子さまにご公務の予定はなく、平日なので大学の講義をオンラインで受けられている愛子さまも、御所内にいらっしゃるはずだった。しかし、玄関に立たれたのは天皇陛下おひとりだった。 10年前、それぞれ皇太子と副大統領という立場で顔を合わせられた陛下とバイデン氏。今回は2度目の懇親だった。「車から降りたバイデン氏の『ハロー』という声かけに対し、陛下は笑顔。通訳を介さず英語でバイデン氏と挨拶を交わされました。『多忙な滞在日程の中で、最初に御所にお越しくださり、感謝します』『再びお会いできてうれしく思います』とおっしゃる陛下に、バイデン氏は『御所にお招きいただき光栄に思います』と返したそうです。 お出迎えはされなかったものの、御所は雅子さまと愛子さまのお住まい。陛下との会見の前後に、おふたりが挨拶されるタイミングがあるかもしれないとみられていました」(皇室記者) 会見は、御所の小広間で30分にわたって行われ、開始早々に笑い声が上がるなど、打ち解けた様子だったという。「話題は、日米両国の友好親善関係への願いから、バイデン氏の2011年の東日本大震災の被災地訪問への謝意、コロナ禍と多岐にわたったそうです」(前出・皇室記者) しかし、最後まで雅子さまと愛子さまがバイデン氏の前に姿をお見せになることはなかった。会見を終え、玄関先でバイデン氏を見送られる際、陛下は「次回は皇后を交えてお会いしたいですね」と伝えられたという。 2019年、当時のトランプ大統領夫妻が国賓として来日した際は、両陛下が接遇にあたられた。「雅子さまは、メラニア夫人の故郷の文化を深く理解した挨拶をし、家族の話題で打ち解けるなど、類い稀なる“外交力”を発揮されました。ネイティブ並みの英語を操る雅子さまにトランプ夫妻は驚嘆したといいます。 今回、コロナ禍の影響もあり、バイデン氏は夫人を伴わずに来日。『1人の来客にはおひとりでのご対応』という通例を踏襲した形になったといいますが、過去にはオバマ大統領が夫人を伴わずに来日した際に、当時の両陛下(上皇ご夫妻)が接遇されたこともあるので、雅子さまと愛子さまが面会されることもあり得たはずです。 愛子さまのお目見えにはとっておきの機会とみられたのですが、そうならなかった理由には、両陛下のより深く、緻密なお考えがあったようなのです」(前出・宮内庁関係者)アメリカと沖縄、天皇家の思い 愛子さまは3月に行われた成年に際しての会見で、視線を手元に落とすことなく、記者一人ひとりと目を合わせてお言葉を述べられた。そのなかに、「一つ一つのお務めに真摯に向き合い、できる限り両陛下をお助けしていきたい」というお言葉があった。「女性皇族が結婚後も皇室に残るかどうかに関する議論はまだ結論が出ていません。ただ、秋篠宮家の長男・悠仁さまが即位される頃には、同世代で天皇を支える皇族が極端に少なくなることを踏まえると、女性皇族が何らかの形で結婚後も皇室に残るような制度になることは、ほぼ確実視されています。 愛子さまの『できる限り両陛下をお助けしたい』というお言葉は、天皇家の長子としての責任感の強さを感じさせるもので、事実上の“生涯皇族”の宣言とも解釈できるのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト) 強いご覚悟で成年皇族としての歩みを始められた愛子さまの“第一歩”が、果たしてどのタイミングであるべきか、両陛下は慎重に見定めてこられたという。「1つは学業とのバランスでしょう。愛子さまは成年皇族になられたとはいえ、まだ大学生です。現代の皇族にとって、社会との接点となるライフワークの研究分野を開拓されることはとても大切なことです。公務や行事が忙しくなり、学業がおろそかになれば元も子もないのです。 もう1つは、この“デビュー”にあたる行事が、愛子さまの長い皇族人生では何度も繰り返し注目され、それが世間の愛子さまに対する強いイメージになるということです。世界平和を希求されるお立場からすれば国際親善の場はふさわしいのかもしれません。ただ、それがアメリカの政治リーダーとの挨拶の場面でいいものなのか、雅子さまはそう疑問を抱かれたのかもしれません」(皇室関係者) 奇しくも、バイデン氏の御所訪問の2日後の25日に、日本とアメリカにとってゆかりの深いイベントに天皇家が参加される予定があった。沖縄がアメリカから日本へ返還されて50周年を記念する特別展「琉球」(東京国立博物館、台東区上野)での公務である。 両陛下は5月15日、オンラインで沖縄復帰50周年記念式典に出席された。陛下はご挨拶で、中学1年生のとき、本土復帰のニュースをご両親とご覧になったというエピソードを明かされ、「沖縄にはいまなおさまざまな課題が残されています」と語られた。「陛下は今年のお誕生日会見でも沖縄に言及されました。日本国民の統合の象徴として、天皇陛下は、一時はアメリカの統治下にあったという複雑な歴史を持つ沖縄に心を寄せられてきました。それは雅子さまもご一緒でしょう。 愛子さまの成年皇族としての“初仕事”がバイデン氏へのご挨拶でいいのか、それとも沖縄への思いを表現するものであるべきか。雅子さまも悩み抜かれた上での決断だったのではないでしょうか」(前出・皇室関係者) 国民と共にあるとはどのようなことか。雅子さまはこれからも、愛子さまにお伝えになっていくことだろう。※女性セブン2022年6月9日号
2022.05.26 07:00
女性セブン
悠仁さまは天皇陛下から帝王学を学ばれていないが
悠仁さま“自由な選択”を尊重し、バドミントン部に入部か 帝王学への不安も
 提携校進学制度を利用しての進学、作文コンクールの入賞作品における“コピペ疑惑”など、高校受験と前後して議論が巻き起こった秋篠宮家の長男・悠仁さま。筑波大学附属高校に入学されてから約1か月──。「悠仁さまはバドミントン部に入部されるそうです。皇室に縁のあるスポーツといえばテニスのイメージが強いですが、悠仁さまは“皇室の伝統”とは趣を異にした競技を選ばれました。ここにも、自由な選択を尊重する秋篠宮家の教育方針が感じられます」(宮内庁関係者) お住まいのある赤坂御用地には、4月下旬、上皇ご夫妻が新居に移られた。上皇陛下から悠仁さまに「帝王学」を授けられることへの期待の声もあるが、現状では難しいという。「通学で日々外出されている悠仁さまから、万が一新型コロナを上皇ご夫妻に感染させることがあってはならないからです。また、上皇陛下と悠仁さまの年齢差は73才です。時代が違えば、世間が皇室に求めるものも変わります。ですから、“悠仁さまは、天皇皇后両陛下からさまざまなことを学ばれるのがいいのではないか”という声が高まっています」(前出・宮内庁関係者) しかし、実現のためにはハードルがある。5月19日、紀子さまと雅子さまが参加される予定の全国赤十字大会(東京・渋谷区)が開催。2月の天皇誕生日の祝賀以来、3か月ぶりの公式な場でのご対面となる。振り返ると、療養中の雅子さまは、皇后になられる前年の2018年、実に15年ぶりに全国赤十字大会に出席された。「体調が優れず、長く、宮中行事や公務へのお出ましがない時期が続いていましたが、このときにはしっかりとその役目を果たされた。壇上で美智子さまからお声がけをされ、名誉総裁の座を“公開禅譲”される一幕もありました。2020年には18年ぶりに宮中祭祀にも臨まれ、着実に快復の道を歩まれています」(皇室記者) 一方の紀子さまは、あらゆるお出ましで“パーフェクト出席”をされてきた。「紀子さまは、雅子さまの不在時には自分が頑張らなくてはという強い使命感をお持ちだったようです。2006年の悠仁さま誕生後からはよりいっそう、将来の天皇の母としての誇りと自信を胸に、公務に臨まれてきたといいます。 それゆえ、雅子さまのお出ましが増えたいまでも“雅子さまに頼り切りではいけない”というお気持ちと同時に、雅子さまの体調がいつ逆戻りしてしまうかわからない、という不信にも似たお気持ちがあるようです」(皇室関係者) それが、ひいては両陛下と秋篠宮家のコミュニケーション不足に影響しているのではないかと危惧する向きもある。「次男である秋篠宮さまは、天皇になる前提で教育を受けられてきたわけではありません。このまま、陛下からの薫陶を受けられずに悠仁さまが天皇に即位する日が来たら、天皇としてのなさりように悠仁さまが戸惑われることも起こりうる。“独自の教育方針”を貫かれるだけでなく、悠仁さまの教育について紀子さまから雅子さまにご相談なさってほしいと感じている皇室関係者は少なくない」(別の宮内庁関係者) 紀子さまは大きな選択を迫られている。※女性セブン2022年6月2日号
2022.05.19 07:00
女性セブン
雅子さまはどうお考えか(写真/JMPA)
雅子さま 来日するバイデン大統領と接見ならウクライナ侵攻が話題に上る可能性も
 皇后というお立場は、時に「国母」と表現されることがある。日本という国の母であり、日本国民の母であることを意味している。皇后となられてから3年──雅子さまは、日本のみにとどまらない“世界平和の母”としての重要な責務を担われようとしている。「令和」の時代が幕を開けてから、丸3年が過ぎた。昭和から平成にかけての改元と異なり、服喪を伴わない新時代の到来は、日本中を慶祝ムードに包んだ。しかし、2019年秋に天皇陛下の即位にまつわるさまざまな儀式が行われてから数か月後には、世界は新型コロナウイルスとの終わりの見えない長い闘いのトンネルに入ってしまう。令和皇室は、大半がコロナ禍の影響下にあり、耐え忍ぶ時間が続いている。「公務の絶対数は減り、オンラインで行われることも増えました。雅子さまは公務が減ったことにより、体調を整えにくくなられた面もあったそうです。それでもこの4月には、13日、18日、23日と短い間隔で複数の公務を担われました」(宮内庁関係者) そんな雅子さまが、皇后として大きな山場を迎えられようとしている。5月22日から、アメリカのバイデン大統領が大統領就任後、初訪日する。「岸田文雄首相との会談や日米豪印4か国の首脳会合のほか、天皇陛下との接見も設定されるでしょう。コロナ禍もあり、バイデン氏はファーストレディーであるジル夫人を伴わずに来日するとみられています。一方、バイデン氏への歓待の意味を込め、両陛下でお迎えすることは考えられます。実際、2009年と2014年にオバマ大統領が単独で来日したときには、当時の天皇皇后両陛下(上皇ご夫妻)が揃っておもてなしをされました」(皇室記者)アメリカ・旧ソ連両国を知る数少ない存在 現在、世界は騒乱の中にある。ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから間もなく3か月が経過する。「天皇陛下の即位にまつわる儀式で、雅子さまはウクライナのゼレンスキー大統領夫妻とお会いしている。現在、報道を注視され心を痛められているそうです」(前出・皇室記者) 2019年10月22日、即位礼正殿の儀の折、ゼレンスキー氏は皇居・宮殿に足を踏み入れた。タキシードに白い蝶ネクタイ姿で、微笑んではいるが緊張の色が見て取れる。隣には、ウクライナ国旗の色を思わせる薄いブルーのスリットドレスを身にまとったオレナ夫人の姿があった。 ゼレンスキー氏は差し出された陛下の右手をがっしりと握り、笑顔で祝意を伝える。その後、ゼレンスキー氏は雅子さまとも握手。雅子さまは、ゼレンスキー氏とオレナ夫人にまっすぐ視線を送られながら、柔和な笑顔でお言葉を返されていた。 それから2年半が経ち、ゼレンスキー氏らは苦境に立たされている。ロシアとウクライナの戦局の行く末の鍵は、ウクライナを全面支援するアメリカが握っている側面もある。生来、世界平和を実現する活動を続けてきた日本の皇室、そして雅子さまにとってバイデン氏との邂逅は、平和を希求する姿勢を示されるまたとない機会なのだ。 雅子さまは高校卒業後、米ハーバード大学で学ばれ、卒業後に東京大学へ学士編入。翌年外務省へ入省された。「入省後は北米局に勤務され、アメリカ通商代表部相手の国際交渉で通訳官を務めるなど、アメリカ相手の外交の最前線でご活躍された経験があります。 それだけ聞くと、縁の深いアメリカに近いお立場なのかと思われますが、雅子さまは幼少期に旧ソ連時代のモスクワでも生活されています。その際、ロシア語で寝言を言うほどまでに語学を身につけられた。物質的に豊かではなかった冷戦下のソ連が抱えていた困難を、その時代の空気を吸って、肌で感じた経験のある、数少ない日本人とも言っていい。 世界を二分する勢力の双方のことをよく理解されている雅子さまは、皇室の国際親善の最前線に立たれる皇后として、これ以上ない存在なのです」(外務省関係者)バイデン氏がロシアへの見解を求める 憲法上、日本の皇室は、政治から切り離された存在だ。あらゆる国家や地域間の紛争に対し、どちらかを支持するという立場を取ることはなく、一切の中立を貫く。だからこそ、日本の皇室の国際親善は、特別な地位を確立している。 たとえば日本政府は、“西側諸国のリーダー”であるアメリカに追従せざるを得ない立場であることは否定できない。今回のバイデン氏の訪日でも岸田首相は「ロシアへの圧力」で一致するだろう。しかし、皇室はそのどちらにもくみしないことで、究極の平和活動ができるのだ。 1993年7月に開催された、政府主催の晩餐会での出来事が象徴的だ。雅子さまは、来日したアメリカのクリントン大統領(当時)とロシアのエリツィン大統領(当時)の間に挟まれた席につかれた。「通訳を介することなく、クリントン大統領とは英語で、エリツィン大統領とはロシア語でやりとりをされる雅子さまのお姿には、政府関係者も驚きを禁じ得なかったといいます。雅子さまは、かつての冷戦時代に激しく対立していた両国の“橋渡し役”を務められたのです」(前出・外務省関係者) それ以外にも、さまざまな場面で雅子さまの外交力は発揮されてきた。前述した英語やロシア語はもちろん、スペイン語、フランス後、ドイツ語を自在に操られるという。1994~1995年、アラブ7か国を訪問された際には、女性だけの晩餐会に出席された。「男女は同席しないというイスラムの慣習に則ってのことでした。隣に皇太子さま(天皇陛下)がいらっしゃらない状態での晩餐会でしたが、雅子さまは持ち前の語学力とコミュニケーション力で会話を弾ませ、アラブ諸国の女性王族とのパイプを構築されたのです」(前出・皇室記者) 語学力だけではない。文化や生活様式にまで精通されている。記憶に新しいのは2019年5月、陛下の即位後初めての国賓として、アメリカのトランプ大統領(当時)が来日した。皇居・宮殿の玄関で、両陛下は通訳なしで大統領夫妻を迎えられた。「晩餐会のお見送りの際、雅子さまはメラニア夫人と両頬を軽くふれあわせるチークキスを交わされました。チークキスは通常アメリカの人はほとんどしません。ですが、スロベニア出身のメラニア夫人には親しい友人とチークキスをする文化がある。そういった異文化理解があり、事前の情報をしっかり確認されていた雅子さまだからこそ成しえたのでしょう」(前出・外務省関係者) 今回、バイデン氏と両陛下の接見があれば、ロシアによるウクライナ侵攻が話題に上ることは充分に考えられる。「バイデン氏は当然、雅子さまのバックグラウンドは頭に入れているので、ロシアについての見解を求める場面があるかもしれません。それに対し雅子さまは日本の皇后として、沈黙せざるを得ないジレンマがあります。しかし、あらゆる命が大切にされるべきであること、長びく争いに胸を痛めていることは、ストレートに伝えられるでしょう」(前出・宮内庁関係者) 平和希求の思いが、バイデン氏の心に響くことを願うばかりだ。※女性セブン2022年5月26日号
2022.05.11 07:00
女性セブン
2年以上、大学に通うことができていない愛子さま(時事通信フォト)
愛子さま、大学生活を犠牲にしても「母を支える」 天皇家長子としての覚悟
 コロナ禍の影響もあり、愛子さまの大学生活は3年目も“制限つき”のまま始まった。かけがえのない学生生活が、我慢の時間になることに、愛子さまも残念なお気持ちを抱かれていることだろう。しかしその裏には、母であり皇后である雅子さまをお支えしたいという天皇家の長子としてのご覚悟があった。 令和の時代が始まってから、丸3年が経とうとしている。同時にコロナ禍も3年目に突入した。感染の脅威が去ったわけではないが、少しずつ“日常”が戻ろうとしている。天皇家の長女・愛子さまが通われる学習院大学でも、対面授業が増えているという。しかし、この春に大学3年生になられた愛子さまは、引き続きキャンパスに通わず、オンライン受講をする選択をされた。「皇室全体のことをお考えになられたのでしょう。どれだけ対策をしても、感染リスクがある以上、外出しないに越したことはありません。たいへん勇気ある決断ですが、一方で、人生で一度しかない大学生活が、異常事態のまま過ぎ去ってしまっていることに、失ったものはあまりに大きいと言わざるを得ません」(皇室記者) 昨年、愛子さまは大きな節目を迎えられた。12月1日に20才の誕生日を迎えられた愛子さまは、直後の週末に女性皇族の正装であるローブ・デコルテにティアラをお召しになって成年の行事に臨まれた。今年3月には、30分近くにわたり、初めての成年会見を行われた。「手元の原稿を一切見ることなく、ご自分のお言葉で自然にお話しされていました。雅子さまへの『生んでくれてありがとう』というメッセージには感動を覚えました」(前出・皇室記者) 愛子さまは、皇族としての歩みを着実に進められる一方で、大学生としては、不自由なキャンパスライフを余儀なくされている。天皇陛下は今年の誕生日会見で、次のように愛子さまのことを慮られた。「大学では様々な人たちと顔を合わせて授業を受けたり、放課後の部活動で一緒に参加したり、見ず知らずの人と学生食堂で隣り合ったり、新しい発見と経験の連続であったように思います(中略)愛子には、感染症が落ち着いて、いつの日かキャンパスに足を運べるようになるとよいなとは思います」 失われたのはキャンパスライフだけではない。大学在学中の留学の機会も失われた。今年1月、初めて出席された歌会始の儀で、愛子さまは高校2年時に参加した英イートン校でのサマースクールの思い出を詠まれた。「外国で生活した経験は、愛子さまのなかで色濃く印象に残っているのでしょう。愛子さまは、留学ができないことを残念に思われているのではないでしょうか」(前出・皇室記者) 大学は学ぶ場所、友人と交流を深める場所であるが、生涯の伴侶と出会う可能性がある場所でもある。「女性皇族にとって、“自然”な出会いの場は実質大学生活が最後となるでしょう。お相手選びの選択肢が狭まることは、非常にもったいないと感じます」(宮内庁関係者) それでも、愛子さまには揺るぎない思いがあるという。「愛子さまは、自らの大学生活の犠牲をいとわず、両陛下を支えたいという意思をお持ちです。成年会見でも繰り返し口にされていたその情熱は、母である皇后雅子さまのご体調と無関係ではないでしょう」(別の宮内庁関係者) 天皇家には、お仕えする多くの職員がいる。愛子さまと両陛下の親子関係も、すこぶる良好だ。それでも、ひとりっ子の愛子さまにとって、ふと自室に戻られたときに襲ってくるのは、どのようなお気持ちなのだろうか。同年代のお友達と“同じ空間”で同じ時間を共有することができない。そんな「孤独の部屋」でも、愛子さまが考えられているのは、母である雅子さまのことだ。かつての美智子さまと清子さんのよう 4月、雅子さまは立て続けに公務に臨まれた。13日には日本国際賞の授賞式に、18日にはみどりの式典に外出を伴って出席され、23日の太平洋水サミットにはオンライン出席された。いずれも、事前段階では天皇陛下だけが出席の予定になっていた。「事前に出席を公表すると、プレッシャーを感じてしまわれるという理由だそうです。コロナ禍で公務が減り、リズムが崩れたことで体調を整えにくくなっていると聞きます。それでも、雅子さまはご体調を整えられ、短期間に複数の公務を担われることができました。それも、陛下と愛子さまの支えがあってのことです」(前出・皇室記者) 雅子さまの療養生活は、愛子さまが誕生された2年後の2004年に始まった。その後を振り返ると、雅子さまのご体調の波は愛子さまの学校生活とリンクする面もあった。「小学校低学年の頃には、いじめに起因する『不規則登校』があり、雅子さまが愛子さまの登校に付き添われていた時期がありました。中学時代には『激やせ』が世間の心配を集めたこともありました。学校で何が起きているかは、先生方から“又聞き”するしかない。実際の姿が見えないことが、雅子さまにとって不安につながったのかもしれません」(前出・宮内庁関係者) 聡明な愛子さまはそういった雅子さまのお心の内を理解されていたのだろう。「オンライン受講を続けられることは、雅子さまにとって安心材料ではないでしょうか。愛子さまは、雅子さまのご体調を慮って“そばにいる”という選択をされたようにも思えます」(前出・皇室記者) 自由なキャンパスライフは“リスク”と背中合わせだ。小室眞子さんは、未成年の頃に参加したスキー部の合宿の写真が流出した。写真には、酒の瓶や缶が写り込んでいた。また、佳子さまは、校外学習時の肩が露わになったキャミソール姿が、「皇族としてふさわしくない」と騒動になった。 愛子さまは、オンライン受講を続けている限り、そうした事態とは無縁でいらっしゃる。そうして吹き上がる“上昇気流”に乗った雅子さまには、別の期待もふくらむ。いま世界は不安定な状況下にあり、唯一無二の「中立」の立場にある日本の皇室の外交に期待が高まっている。「なかでも、雅子さまの類い稀なる外交力への期待は別格です。愛子さまは、雅子さまが存分にお力を発揮できるよう、できる限りのことをするというお気持ちなのでしょう。かつて天皇の娘として美智子さまを支えた黒田清子さん(紀宮さま)の姿が重なります」(別の皇室記者)愛子天皇の可能性は事実上消滅 近年、国民の間では愛子天皇待望論が盛り上がった。現在の皇室典範では、女性は天皇に即位できないが、それでも、世論調査で女性天皇を容認する割合が8割近くに達したこともある。しかし、そうした機運が高まっている最中に、愛子さまはおこもりの大学生活を続けられてきた。「成年皇族になられた後も、学業に専念するとして、取り立ててご公務は行われていません。昨年は、『愛子天皇』が実現する実質最後の分岐点でした。しかし、愛子さまが影を潜められた結果、愛子天皇待望論がうねりを起こすよりも先に、有識者会議が、悠仁さままでの皇位継承順を“ゆるがせにしてはならない”という最終報告書を提出した。これにより、愛子天皇実現の可能性は事実上、消滅しました」(皇室ジャーナリスト) それでも、愛子さまの将来は不安定だ。もし結婚したら、民間人になられるのか。それとも、皇室に残って公務を続けられるのか──その結論はまだ出ていない。「それでも、愛子さまは両陛下をお支えになることを最優先に考えられています」(前出・宮内庁関係者) 強いご決意には頭が下がる思いだ。コロナ禍が終焉に向かい、愛子さまがのびのびと学生生活を送られる日がやってくることを願ってやまない。※女性セブン2022年5月12・19日号
2022.05.02 07:00
女性セブン

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