山田監督は、『まず最初に静寂がなければならない』とおっしゃる。ハンドルをジッと握って、何を話そうか、ドキドキしている。その演技があった後で、あふれるような勢いで質問したら、自分もラーメンが好きだから嬉しくなる。そして、最後に自分のインテリジェンスを売り込む。その四段階が、この短いシーンで出ないとダメなんだと言われました。毎日しごかれました。武田の一点攻めですよ。
桃井と二人でカニを食べて、それに当たって腹を下して草原まで便をしに走るという撮影の時は『違う』を連発されてカメラが回りませんでした。色気こいて芝居が大きかったのでしょう。最後は『何をふざけてるんだ!』と怒鳴られました。
その時に山田監督から言われた言葉は、今でも覚えています。『好きな女の子が見てる前で下痢をこらえて走るんだ。情けなくて涙ぐまなければならないのに、君は笑っている。お客さんが一番笑うところは、俳優は泣きながら演じるんだ。覚えておきなさい。喜劇は泣きながら作るもので、悲劇は笑いながら作るものなんだ。渥美さんは寅さんが振られる時、目の奥で涙が潤んでいる。だから観客が笑うんだ。そう演じなさい』と。
その日の夕方の撮影では山田監督の機嫌が良くて、ちっちゃい声で『今日の君たちはいいね』と言ってくれました。そうしたら、旅館に帰る道すがらで健さんが僕の肩を拳で叩いて、『お前ばっかり褒められてるな。俺は撮影に入って一回も褒められてない。監督がお前しか見てないんじゃないか』と笑いながら拗ねたフリするんです。もう、とにかく嬉しかったですね」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)ほか。最新刊『時代劇ベスト100』(光文社新書)も発売中。
※週刊ポスト2014年11月28日号