■米は16%、英は10%以下

 日本の完全母乳やカンガルーケアの推進派は、WHOの勧告(母乳育児を成功させるための10カ条)が欧米の先進国でも普及しており、「世界のスタンダード」になっていると主張する。

 実際はどうか。

 OECDが2014年にまとめた各国の母乳哺育の比率がある。6か月後まで母乳しか与えない「完全母乳」の割合を見ると、日本は約4割と高いが、米国は約16%、英国は4か月で10%以下だった。日本は世界でもまれな「完全母乳」「カンガルーケア」推進国なのである。

 しかも日本のような「完全」主義は特異である。日本母乳哺育学会の要請で米国の母乳哺育の現状を調査し、同学会学術集会(2009年)の講演で発表した米国在住の海外医療コンサルタント「さくらライフセイブアソシエイツ」社長の清水直子氏が語る。

「CDC(米疾病管理予防センター)も母乳育児を推奨していますが、日本のやり方とは違います。私もアメリカで出産しましたが、母乳が出るまで時間がかかるから、すぐにミルクを作ってくれて『これを飲ませて』と量や授乳間隔の目安を教えてくれる。小児科医は母乳だけにしろとも、ミルクがいいともいいません。あくまでも母親の選択です。医師は子供を健康に生ませることが目的で、母親はこうありなさいと教育するのが役割ではないからです。

 日本のように妊婦までが『完全母乳』でなければいけないと思い込んでいる状況は異様に映ります。出産直後の母乳が出ないお母さんが泣きながら無理におっぱいをくわえさせていたり、赤ちゃんの体重が減って母親が罪悪感を持つような状況は極めて不自然ですね」

 その米国で2014年3月、母乳推進派に衝撃的な研究結果が発表された。

 オハイオ州立大学のシンシア・コーレン准教授の研究で同じ家庭で一方が母乳、一方が人工乳で育てられた双子を含む1773人の兄弟姉妹(4~14歳)の肥満やアレルギーなどの健康面、多動性などの行動面、数字能力、読解認識などの学力面の比較では、いずれの測定でも母乳と人工乳で全く差はなかったのである。

 これまで完全母乳推進派は「完全母乳で育った子は人工乳よりIQが高かった」といった調査結果を推進の一つの根拠としてきたが、調査対象となった母乳哺育の母親の集団と人工乳の母親の集団に人種的、社会経済的格差があるなどの問題点が指摘されてきた。オハイオ州立大学の研究はそうした格差を除外するために同じ家庭で育った兄弟姉妹を比較したものだ。

 コーレン准教授は、「授乳は短期的には確かに重要ではあるが、もし長期的に期待するほど効果がないのであれば、自分の子供を育てる時は、学校の質、適切な住居、両親の雇用タイプなど、他のことに注目する必要がある。母乳が有益でないといいたいのではない。本当にこの国で母子の健康を向上させたいならば、保育所への補助金、産休政策、低所得の母親に雇用機会を与えるなど、長期的に意味のあることに焦点を当てるべきだ」と指摘している。

「この研究はデータも豊富で非常に詳細なもので、米国でも注目されています。もちろん、さらなる研究が必要ですが、従来の考え方を検証し直すことが必要ではないかという議論につながっています」(清水氏)

 本誌も母乳哺育を否定するつもりは全くない。「行き過ぎた完全母乳」に警鐘を鳴らしているが、むしろ安全な母乳哺育には大賛成である。

 一方で、推進派は根拠としてきた「世界のスタンダード」の実態をいまいちど真摯に見直すべきだろう。

関連キーワード

関連記事

トピックス

海外セレブも愛用するアスレジャースタイル(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
「誰もが持っているものだから恥ずかしいとか思いません」日本の学生にも普及する“カタチが丸わかり”なアスレジャー オフィスでは? マナー講師が注意喚起「職種やTPOに合わせて」
NEWSポストセブン
政治資金の使途について藤田文武共同代表はどう答えるか(時事通信)
《政治資金で使われた赤坂キャバクラは新規60分4000円》維新・奥下議員が訪れたリーズナブルなキャバの店内は…? 「モダンな内装に個室もなく…」 コロナ5類引き下げ前のタイミング
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「旧統一教会から返金され30歳から毎月13万円を受け取り」「SNSの『お金配ります』投稿に応募…」山上徹也被告の“経済状況のリアル”【安倍元首相・銃撃事件公判】
NEWSポストセブン
神奈川県藤沢市宮原地区にモスクが建設されることが判明した(左の写真はサンプルです)
《イスラム教モスク建設で大騒動》荒れる神奈川県藤沢市 SNSでは「土葬もされる」と虚偽情報も拡散 市議会には多くの反対陳情が
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《バリ島でへそ出しトップスで若者と密着》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)が現地警察に拘束されていた【海外メディアが一斉に報じる】
NEWSポストセブン
いまだ“会食ゼロ”だという
「働いて働いて…」を地で行く高市早苗首相、首相就任後の生活は“寝ない”“食べない”“電話出ない” 食事や睡眠を削って猛勉強、激ヤセぶりに周囲は心配
女性セブン
大谷が語った「遠征に行きたくない」の真意とは
《真美子さんとのリラックス空間》大谷翔平が「遠征に行きたくない」と語る“自宅の心地よさ”…外食はほとんどせず、自宅で節目に味わっていた「和の味覚」
NEWSポストセブン
逮捕された村上迦楼羅容疑者(時事通信フォト)
《闇バイト強盗事件・指示役の“素顔”》「不動産で儲かった」湾岸タワマンに住み、地下アイドルの推し活で浪費…“金髪巻き髪ギャル”に夢中
NEWSポストセブン
「武蔵陵墓地」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年12月3日、撮影/JMPA)
《曾祖父母へご報告》グレーのロングドレスで参拝された愛子さま クローバーリーフカラー&Aラインシルエットのジャケットでフェミニンさも
NEWSポストセブン
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《約200枚の写真が一斉に》米・エプスタイン事件、未成年少女ら人身売買の“現場資料”を下院監視委員会が公開 「顧客リスト」開示に向けて前進か
NEWSポストセブン
指示役として逮捕された村上迦楼羅容疑者
「腹を蹴れ」「指を折れ」闇バイト主犯格逮捕で明るみに…首都圏18連続強盗事件の“恐怖の犯行実態”〈一回で儲かる仕事 あります〉TikTokフォロワー5万人の“20代主犯格”も
NEWSポストセブン
海外セレブの間では「アスレジャー
というファッションジャンルが流行(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
《広瀬すずのぴったりレギンスも話題に》「アスレジャー」ファッション 世界的に流行でも「不適切」「不快感」とネガティブな反応をする人たちの心理
NEWSポストセブン