また競馬は農水省、競艇は国交省、競輪は経産省の管轄にあり、中には赤字に陥った公営競技場を閉鎖する予算が確保できないことを理由に放置、各自治体の財政をかえって圧迫している例も多い。そうまでしてギャンブルをやめたくない日本では、東京オリンピックを睨んで新たなスポーツ振興くじの導入も検討され、〈これが文科省の仕事か〉と、帚木氏は筆を荒らげる。
「そんな発想を役人がすること自体、日本が依存体質から抜け出せない証。もはや〈人権侵害〉という視点を我々は持った方がいい」
戦前に朝鮮半島から強制連行され、地元・中間市や直方市を思わせる〈N市〉の炭鉱で酷使された主人公の波瀾の生涯を描く『三たびの海峡』(1992年)や、久留米藩下で圧政に喘ぐ百姓らの苦闘を描いた近著『天に星地に花』等、数々の傑作が書かれた原点には「怒りが常にあった」と氏は言う。
「『三たびの海峡』は福岡人に生まれながら強制連行や炭鉱の歴史もまるで知らなかった自分への怒りが書かせたし、ギャンブル障害に関しても、私は患者と会うまで何も知らなかった自分が腹立たしく、調べれば調べるほど、政治家からメディアまでがギャンブルに寄生し、甘い汁を吸うこの国の在り方に怒りを覚えるようになったんです。論語にも〈政は正なり〉とあるように、本来は政に携わる人間こそ、〈Do the right thing.正しいことをせよ〉を身上とすべきです」
と、本書で怒りを露わにする帚木氏は、なぜそんなにまっすぐなのだろうか?
「人間、よくないことをすると余計なストレスがかかる。まっすぐ生きた方が、よっぽど楽です(笑い)」
つまり『よきことをなせ』は人間にとって最も生きやすい生き方なのだと笑顔で言う氏の背後には、かつて日本の近代を支えた鉄路がまっすぐに伸びていた。
【著者プロフィール】帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい):1947年1月福岡県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、TBSに入社。2年で退職し、九州大学医学部に入学、精神科医に。作家としても活躍し、1992年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞、1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞、2012年『蠅の帝国』『蛍の航跡』で日本医療小説大賞等を受賞。著書は他に『白い夏の墓標』『エンブリオ』『国銅』『日御子』等。169cm、68kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年2月13日号