ライフ

作家・夢枕獏氏 「ペンと手と脳が響きあうから作品書ける」

夢枕獏氏が少年時代から使っている歴代ペンケース

 文具通として知られる作家の夢枕獏氏に「最愛の文具を見せていただきたい」とお願いしたところ、出てきたのは3つのセルロイド製ペンケースだった。

「一番大きいのが、人生で最初に使った初代ペンケースです(写真中央)。小学校に上がるときに買ってもらいました。裏面に僕の字で“1ノ五“ってクラスの名前が書いてあるのが分かる(笑い)。あの頃、筆箱といえば必ずセルロイドだった。その質感が大好きで、この初代はフタが欠けて壊れてしまっても、ずっと取っておいたんです。こちらの2代目(写真左)は、小学校高学年から中学生まで使っていました」

 3代目(写真右)との出会いは10年前。旅先の骨董屋で「初代」とそっくりの質感と色合いのものに偶然出会ったのだ。

「フタの“PENCIL CASE”のロゴが初代と同じ。おそらく同じメーカーのものですね。長く文具を愛用していると、こんな不思議な出会いがあるからたまらない。年齢を重ねたからか、こういう古い文具の味が分かるようになり、どんどん愛着が増しています。今もっとも活用しているのは3代目。寝室の座卓のペン入れになっています」

 夢枕氏のいう「ペン」とは万年筆のこと。現在も手書きで執筆する氏は、愛用の万年筆についてもこだわりがある。

「ここ30年ほどはセーラーの『プロフィット21K』を使っています。20代の頃、初めて買ったのはシェーファーでしたね。高価なモンブランの書き味は最高ですが、2本もなくしてしまって。セーラーも5本以上なくしていますが、モンブランほど腹が立たないんです(笑い)。原稿用紙も、セーラーのペンを滑らせたときにベストな相性のものを選んでいます」

 筆圧が強いため、シャープペンシルでは芯が折れてしまう。鉛筆ではFAXで原稿を送信したときに読みにくい。ボールペンでは字に抑揚がつかず、時にダマが手で擦れて原稿用紙を汚す。その点、万年筆であれば力加減で太さを調整できる。20年前、インクの色をブルーブラックから濃いめの黒に変えた。

「自分の心情と、書かれた文字の視覚的イメージがピタッと重なると、原稿がはかどっていると感じます。執筆の流れに、その連携はとても重要なんです。ペン先で紙をこする感覚が、脳に色々な信号を送って次の表現を考えている。このペンと手と脳が響き合うから、僕は作品を書き続けていられるんです」

 夢枕氏は、創作と文具の関係は確実にある──と結んだ。

◆夢枕獏(ゆめまくら・ばく):「魔獣狩り」「闇狩り師」「陰陽師」シリーズなどで、人気を博す。2011年に上梓した『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞を受賞。2012年に同作で吉川英治文学賞を受賞した。日本SF作家クラブ会員。

撮影■木村圭司

※週刊ポスト2015年2月13日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁/時事通信)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
運転席に座る広末涼子容疑者
《事故後初の肉声》広末涼子、「ご心配をおかけしました」騒動を音声配信で謝罪 主婦業に励む近況伝える
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン
レッドカーペットを彩った真美子さんのピアス(時事通信)
《価格は6万9300円》真美子さんがレッドカーペットで披露した“個性的なピアス”はLAデザイナーのハンドメイド品! セレクトショップ店員が驚きの声「どこで見つけてくれたのか…」【大谷翔平と手繋ぎ登壇】
NEWSポストセブン
鶴保庸介氏の失言は和歌山選挙区の自民党候補・二階伸康氏にも逆風か
「二階一族を全滅させる戦い」との声も…鶴保庸介氏「運がいいことに能登で地震」発言も攻撃材料になる和歌山選挙区「一族郎党、根こそぎ潰す」戦国時代のような様相に
NEWSポストセブン
竹内朋香さん(左)と山下市郎容疑者(左写真は飲食店紹介サイトより。現在は削除済み)
《浜松ガールズバー殺人》被害者・竹内朋香さん(27)の夫の慟哭「妻はとばっちりを受けただけ」「常連の客に自分の家族が殺されるなんて思うかよ」
週刊ポスト
真美子さん着用のピアスを製作したジュエリー工房の経営者が語った「驚きと喜び」
《真美子さん着用で話題》“個性的なピアス”を手がけたLAデザイナーの共同経営者が語った“驚きと興奮”「子どもの頃からドジャースファンで…」【大谷翔平と手繋ぎでレッドカーペット】
NEWSポストセブン
サークル活動に精を出す悠仁さま(2025年4月、茨城県つくば市。撮影/JMPA)
《普通の大学生として過ごす等身大の姿》悠仁さまが筑波大キャンパス生活で選んだ“人気ブランドのシューズ”ロゴ入りでも気にせず着用
週刊ポスト