陽平が財団内の利権の排除を図るなど改革を推し進めようとすると、その偏見は異常な形の反発となって噴出する。どういう繋がりがあるのか、右翼が街宣車を繰り出して陽平の辞任を要求し、運輸省幹部を筆頭とするボートレース関係者に陽平排除を主張する文書を送りつけ、果ては何者かが陽平の自宅に銃弾を撃ち込んだ。騒動が一件落着すると、マスコミによる笹川一族批判が沸き起こった。世間を騒がせた90年代前半のそうした“お家騒動”の内幕の描写は実に読み応えがある。
陽平が良一から引き継いだ事業の中でもっとも重要なのが、ハンセン病撲滅運動だろう。陽平はそれを自らのライフワークとし、国際的な規模で新しい治療法の普及に力を注ぎ、患者に対する差別を人権問題と捉え、国連が正式に取り上げるよう粘り強く働きかけた。今、ハンセン病が制圧されていない国がブラジル一国にまで減ったことは、陽平と日本財団の尽力を抜きには考えられない。
著者は本書を執筆するにあたり、ハンセン病撲滅のために世界を回る陽平を同行取材したが、そこで描かれる陽平の姿は、義務感や責任感を超えた、何かに憑りつかれたような執念を感じさせる。
陽平は著者の取材に、汚名を着せられ続けた良一を〈戦後最大の被差別者〉だと語る。その汚名を晴らさんとする執念がハンセン病撲滅運動に乗り移っているかのようだ。そしてまた、著者自身、以前からハンセン病への関心が深く、ハンセン病で早世した作家・北条民雄の評伝も書いている。そんな著者の執念も込められ、本書は渾身の一作に仕上がっている。
※SAPIO2015年3月号