当時のもう一人の横綱・柏戸は全盛期を過ぎており、この年の7月場所を最後に引退する。大鵬の一強時代がしばらく前から続き、相撲人気は低迷していた。そんな状況だったのに場所2日目にして、誤審により早くも最大の目玉がなくなってしまった。
「ビデオなんてものは参考にならない。土俵は丸く、角度も高さもある。カメラでは到底正確に相撲を捉えることはできない」
「大鵬が負けて喜んでいるファンもいるだろうし、相撲は複雑だと思い、かえって興味をそそられる人もいるんじゃないか」
当時の武蔵川理事長(元前頭・出羽ノ花)はそう強気のコメントを出したが、客足は急速に遠のき、4日目には3000人を割った。しかも、大鵬は急性肺炎のために5日目から休場し、人気急上昇中だった新鋭の花田(後の大関・貴ノ花)も急性上気道炎で場所中に2回も途中休場した。
そうした事態に協会は慌て、武蔵川理事長は急遽9日目に、「夏場所(5月場所)からビデオを勝負判定の参考にする」と発表した。ビデオの採用は、実は日本のスポーツ界では大相撲が最も早かったが、それを促したのがこの歴史的誤審だったのである。
※週刊ポスト2015年6月19日号