物語は地方紙勤務時のスクープで名を上げ、東西新聞に転じた謙吾が、西安を舞台とした刑務所ぐるみの移植ビジネスに関して地元医療センターの移植部長〈曹偉〉に接触するシーンから始まる。曹は疑惑を否定したが、折しも中国国内では政治犯の臓器が移植に回されたとするネット記事が問題視されていて東西新聞にも親中派の議員を通じて圧力がかかる事態に発展。
幸い上層部は圧力に屈せず、彼の記事は晴れて一面を飾るが、問題はその後だ。吉住らは中国政府の横槍をむしろ好機と捉え、成立から10年以上放置された臓器移植法の改正を、今国会の会期延長の〈埋め草〉として利用しようと考えたのだ。
内閣支持率が低下する今、解散総選挙に持ち込まれれば憲政党は確実に負ける。これを防ぐには会期を引き延ばす他なく、野党もむげにはできない移植法改正はまさに格好の案件だった。
「埋め草というと言い過ぎかもしれませんが、2009年の政権交代の直前には早く選挙をしたい野党が審議に協力して次々に法案を通し、解散を遅らせたい与党が必死に案件を探す状況が報じられた。むろん本書はフィクションですし、実際の改正とは経緯を変えていますが、こういうタイミングで移植法の改正を持ち出してくるのもあり得なくもない話だと思います」
一方謙吾は忠内の紹介で拡張型心筋症の少年〈古川智也〉やその母親と会い、渡航移植に望みを託す患者の生の声を聞く。改正前の法律では15歳未満の臓器提供は実質禁止されており、智也の渡米費用1億円超も忠内のキャンペーン記事のお陰で集まったのだ。
が、昨今はこうした渡航に批判が高まり、WHOも禁止へと動く中、母親は言った。〈私が智也に一日も早く移植手術を受けさせたいと願うことって、ドナーの方に一日も早く死んでくれと祈っていることになるんです〉〈親たちの間では『悪魔の囁き』ってひそかに呼んでます〉──。