昭和19年、亀次郎は妻子を残し出征。復員後に次男考二が生まれ、池袋の外れに家も構えた。闇市の活気や父と観た映画のことなどを思いながら、池袋界隈を歩いていた時のこと。氏は突然立ち竦んでしまう。
〈父の青春が知りたい、と思ってこの稿を書き始めたのだが、それは嘘だ〉〈いや、正直に書く〉〈私は愛されていたのだろうか〉〈いちばん知りたかったのはそれだ〉
「実をいうと、この箇所は書かなければよかっただろうかという思いがあります。例えば父の獄中生活に関して、当時の刑務所の中の様子を書いた本を探したり、そこに〈窓〉があったかどうかを僕は調べました。それは窓の有無を書くことが僕にとっては父の心境を書くこととイコールだったからで、最後にこんなことを書いたら台無しにならないかとの思いがあるからです。
確かに僕が全く知らない話を従兄弟が聞いてたり、姉兄が生まれた時はあれほど句を詠んだ父が僕に関しては全く句を残してないことには嫉妬もあった。でもそこはあえて呑み込んで父の人生を追ったつもりが、ホント、詰めが甘い(苦笑)」
が、立ち止まったことは事実であり、父の生きた町や時代を調べ歩き、叙事に徹したその姿勢は、著者の心情をかえって雄弁に物語る。それでいて亀治郎とは「普通に会話の少ない普通の親子でした」と氏は笑う。そんな父と子の残影もまた、抑制が効いていて昭和らしい。
【著者プロフィール】目黒考二(めぐろ・こう):1946年東京生まれ。明治大学文学部卒業後、職を転々。「本が読めない生活をしたくなかった」。1976年、椎名誠氏らと『本の雑誌』を創刊、発行人を務める傍ら、ミステリー評論家・北上次郎、競馬評論家・藤代三郎として活躍。1984年『冒険小説の時代』で日本冒険小説協会賞、1994年『冒険小説論 近代ヒーロー像100年の変遷』で日本推理作家協会賞。『笹塚日記』『外れ馬券に雨が降る』『極私的ミステリー年代記』等著書多数。167cm、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年8月14日号