例えば表題作は小学生の時に〈せんべいみたいな顔してる、こいつ〉と笑われて以来、本の世界に逃げる〈ブス人生〉を送ってきた主人公の人生初の恋を描く。大学で演劇と出会い、ある脚本賞の最終選考に残った彼女は、今注目のイケメン演出家・若槻に台本を頼まれるが、胸や尻にも〈せんべい化〉が進行する彼女は彼の笑顔を正視することもできず、その指を見るだけで〈胸の芯のあたりにきゅうぅっ、鈍い痛みが走った〉。
そしてある日。団員らと若槻の部屋に転がり込んだ彼女は、皆が寝静まる中、密かに愛し合う彼と〈キノ〉の営みを見てしまう。思いつめた彼女はある大胆な行動に出るが、そんな恋敵(!)の相談に乗るニューハーフの照明担当〈春田〉や、彼に呼ばれたキノの態度がいい。
若槻が女なら誰でも口説く男であることを承知で関係を持つキノは、〈だからだめなんだよ、頭でばっか考えるひとは〉〈愛しかたは、ひとつじゃない。ひとの気持ちは、まっすぐな一本道とは限らない〉と言って、春田も含めた恋する者同士、フェアに戦おうとするのだ。
「今回は恋と天体をお題に書き始めたものの、結局は恋愛以前の純粋な思いとか、それを誰かが応援する話になりました。単に男女の惚れたはれたより、人の優しさや人生の悲哀を、恋を通じて書きたかったんですね。
一方、天体の方は単純で、夫が天体オタクなんです。例えば第2話の『The Last Light』は、その望遠鏡が初めて捕らえた星の光をマニアはファースト・ライトと呼ぶらしく、だとしたら人生最後の恋はラスト・ライトかなあって」