「変なはねっ返りの役ばかりだったね。間違っても、加藤剛さんや石坂浩二に来るような役は来なかった。本人も不良みたいな感じだったから劇団としてもやりにくかったんじゃないかな。
当時は職業としての自覚は全くなかった。抜擢された公演でも『毎日来いなんて言われたことはない』とか言って遅刻したこともあったくらいで。今となると恥ずかしい話だけど、青春モノをやっている時も大遅刻魔だった。『俺を早く降ろしてくれ』っていうような気持ちでね。
朝7時出発のロケーションでも6時まで麻雀やりながら酒飲んで、そこから寝ちゃうんだから。それで10時になってから『行きゃあいいんだろ、行きゃあ』ということで。
で、ある作品で沢村貞子さんと親子役になって。この時は前のドラマの収録が押したせいで3時間の遅刻になった。そういう理由もあったんで堂々と入っていったら沢村さんから『お前さんねェ、私もスタッフもあんたに一日買われてるわけじゃない!』といきなり言われて、土下座して謝ることになって。
でも、ふてくされた顔をしていたら、沢村さんが今度は『芝居が下手でも迷惑はかからないけど、遅刻は迷惑がかかるから、遅刻だけはしちゃダメなの。芝居は努力しても上手くなるとは限らないけど、努力したら遅刻はしなくなる』と優しく諭すように言ってくれたの。それ以来、一度も遅刻はしていません」
■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬上家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年2月5日号