毎年1000万人を超える感染者が出るインフルエンザに対するワクチンは、その冬に流行のウイルスを予測して生産を行なっている。ワクチンを注射すると血中に抗体ができ、抗体が侵入してきたウイルスの表面のタンパク質に結合し撃退する。この時点で体内にウイルスが侵入(感染)していても、重症化を防ぐことができる。
ただし、インフルエンザウイルスは変異しやすく、予測したウイルスと違う形が流行したら、この抗体では対応できない。そこで感染自体の予防と変異ウイルスにも対応できる、経鼻(けいび)ワクチンの開発が進んでいる。
国立感染症研究所感染病理部の長谷川秀樹部長の話。
「感染を防ぐインフルエンザワクチンの研究所では、約30年前から研究を行なっています。ウイルスが体内で増えると光るマウスを使った海外の実験報告では、血中の抗体だけで肺のウイルス増殖を抑えられましたが、鼻腔(びくう)付近のウイルスは増殖しました。注射だけでは、鼻粘膜でのウイルス増殖を防げないことがわかりました」
それを克服するために考案されたのが、経鼻ワクチンだ。鼻の粘膜にワクチンを噴霧(ふんむ)することで感染を予防する。
仕組みはインフルエンザの自然感染と同じで、ウイルスが粘膜に感染すると「IgA」という抗体が粘膜の表面にでき、ウイルスのタンパクと結合し、侵入を制御する。経鼻ワクチンでも同様に粘膜表面に「IgA」抗体ができて体内への侵入を防ぎ、さらに血中の抗体が侵入したウイルスを捕える。鼻粘膜で抗体ができると体内の他の粘膜でも同じように抗体が生じる。
しかも、経鼻ワクチンはタイプの違うウイルスにも対応可能なことが健康成人50人を対象とした臨床研究で判明した。
アメリカでは、2003年に弱毒化した経鼻生ワクチンの「フルミスト」が承認されている。しかし、ウイルスが生きているため、使用年齢が2~49歳と制限され、インフルエンザが重症化する乳幼児と高齢者に使用できない。今回開発しているのは、不活化したウイルスを使用したワクチンだ。現在のワクチン製法とほとんど一緒で、ウイルスを増殖し、注射用は最後にエーテル処理して細胞をバラバラにするが、経鼻はホルマリンで不活化する。
「昨年から注射と同じくらいの量で、第I層の臨床治験を行なっています。噴霧回数も注射に合わせ、3週間開けて2回噴霧します。安全性を確認したら、第II層と第III層の臨床治験で有効性を確認します。商品として世の中に出るのは、5年後を目指しています」(長谷川部長)
このワクチンは、H5N1などの高病原性ウイルスに対しては、2回では十分な効果が得られなかったが、3回噴霧すると感染を防ぐレベルの抗体誘導が確認された。経鼻ワクチンは、鼻の粘膜から感染するRSウイルスなど、他の感染にも応用可能と期待されている。
■取材・構成/岩城レイ子
※週刊ポスト2016年2月5日号