国際情報

韓国の元慰安婦は日韓合意をどう思っているのか直接聞いた

日本語で取材に応じたカン・イルチュルさん

 日韓合意を「当事者」不在の政治解決と指摘する声は多い。では、当事者、つまり元慰安婦たちはいかなる声を持つのか。直接確認したメディアは少ない。彼女たちの立場を考慮する必要はあるにしても、取材者としては直接対面して、その思いを届けることが求められるはずだ。ジャーナリスト・安田浩一氏がソウルに飛んだ。

 * * *
 深い皺(しわ)の刻まれた腕が伸びる。カン・イルチュルさん(89歳)は私の手のひらを包み込むように握った。

 しゃがれ声で私に尋ねる。

「日本から来ましたか?」

 たどたどしい日本語だった。

 私が頷くと、節くれ立った指にぎゅっと力が入る。

 真冬の午後の穏やかな陽が、オンドルの効いた部屋の中に差し込んでいた。テレビはバラエティ番組を映している。恐る恐る慰安婦問題の「日韓合意」について尋ねた。

 イルチュルさんは表情をほとんど変えなかった。握りしめた私の手を自分のほうに引き寄せ、まるで子どもをあやすように上下に揺らした。 「こうやってね、手を握る。そうすればわかる。大事なことです」

 当事者はここにいるのに──手のひらを通して、その思いは伝わってきた。

 ソウルからバスで約1時間。京畿道広州市の「ナヌムの家」を訪ねた。元慰安婦10人が共同生活を送っている。イルチュルさんもそのひとりだ。90歳に近い老人が能弁であるはずがない。彼女は私の手を握り続けながら「こうすることが大事」と繰り返した。

 深く刻み込まれた皺は、人生の荒波を表している。そして、同じようにイルチュルさんの全身に刻印された日本語を、日本という国を、思った。昨年12月24日、「年内に慰安婦問題解決に向けた日韓交渉が行われる」と報じられた時から、「ナヌムの家」は内外マスコミの注視を受けてきた。

「(交渉開始は)まったく予想していなかった」と話すのは、「ナヌムの家」のアン・シングォン所長である。元々はロッテグループの会社員だったというアン所長は、てきぱきと事の経緯を説明する。

「私もネットで交渉が始まることを初めて知ったんです。26日にはハルモニ(おばあさん)全員に集まってもらい、意見を聞きました。全員が驚いていましたよ。なぜ当事者である自分たちを差し置いて事態が動いているのか、と」

 12月28日、ソウルで開かれた日韓外相会談で慰安婦問題の「合意」が発表される。日本側が「心からのおわびと反省」を表明、韓国政府が設立する元慰安婦支援の財団に日本側は政府予算で10億円を拠出する、といった内容だった。

「これも結局、私はハルモニたちと一緒にテレビのニュースで知ることになるのです」  同29日、外交部のチョ・テヨル第二次官がようやく「ナヌムの家」を訪ねる。チョ次官は元慰安婦たちに「足を運ぶのが遅くなった」と詫びた後、「交渉は相手がいることなので、大局的な観点から中身は理解してほしい」と訴えた。

「でも、ハルモニたちはほとんど納得していなかった。どうして自分たちの意見を聞いてから交渉しないのかと口々に漏らしました」

 次官は「ハルモニたちに叱られながら」(アン所長)、施設を後にしたという。

関連キーワード

関連記事

トピックス

硬式野球部監督の退任が発表された広陵高校・中井哲之氏
【広陵野球部・暴力問題で被害者父が告白】中井監督の退任後も「学校から連絡なし」…ほとぼり冷めたら復帰する可能性も 学校側は「警察の捜査に誠実に対応中」と回答
NEWSポストセブン
隆盛する女性用ファンタジーマッサージの配信番組が企画されていたという(左はイメージ、右は東京秘密基地HPより)
グローバル動画配信サービスが「女性用ファンタジーマッサージ店」と進めていた「男性セラピストのオーディション番組」、出演した20代女性が語った“撮影現場”「有名女性タレントがマッサージを受け、男性の施術を評価して…」
NEWSポストセブン
『1億2千万人アンケート タミ様のお告げ』(TBS系)では関東特集が放送される(番組公式HPより)
《「もう“関東”に行ったのか…」の声も》バラエティの「関東特集」は番組打ち切りの“危険なサイン”? 「延命措置に過ぎない」とも言われる企画が作られる理由
NEWSポストセブン
海外SNSで大流行している“ニッキー・チャレンジ”(Instagramより)
【ピンヒールで危険な姿勢に…】海外SNSで大流行“ニッキー・チャレンジ”、生後2週間の赤ちゃんを巻き込んだインフルエンサーの動画に非難殺到
NEWSポストセブン
〈# まったく甘味のない10年〉〈# 送迎BBA〉加藤ローサの“ワンオペ育児”中もアップされ続けた元夫・松井大輔の“イケイケインスタ”
〈# まったく甘味のない10年〉〈# 送迎BBA〉加藤ローサの“ワンオペ育児”中もアップされ続けた元夫・松井大輔の“イケイケインスタ”
NEWSポストセブン
Benjamin パクチー(Xより)
「鎌倉でぷりぷりたんす」観光名所で胸部を露出するアイドルのSNSが物議…運営は「ファッションの認識」と説明、鎌倉市は「周囲へのご配慮をお願いいたします」
NEWSポストセブン
逮捕された谷本容疑者と、事件直前の無断欠勤の証拠メッセージ(左・共同通信)
「(首絞め前科の)言いワケも『そんなことしてない』って…」“神戸市つきまとい刺殺”谷本将志容疑者の“ナゾの虚言グセ”《11年間勤めた会社の社長が証言》
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“タダで行為できます”の海外インフルエンサー女性(26)が男性と「複数で絡み合って」…テレビ番組で過激シーン放送で物議《英・公共放送が制作》
NEWSポストセブン
ロス近郊アルカディアの豪
【FBIも捜査】乳幼児10人以上がみんな丸刈りにされ、スクワットを強制…子供22人が発見された「ロサンゼルスの豪邸」の“異様な実態”、代理出産利用し人身売買の疑いも
NEWSポストセブン
谷本容疑者の勤務先の社長(右・共同通信)
「面接で『(前科は)ありません』と……」「“虚偽の履歴書”だった」谷本将志容疑者の勤務先社長の怒り「夏季休暇後に連絡が取れなくなっていた」【神戸・24歳女性刺殺事件】
NEWSポストセブン
(写真/共同通信)
《神戸マンション刺殺》逮捕の“金髪メッシュ男”の危なすぎる正体、大手損害保険会社員・片山恵さん(24)の親族は「見当がまったくつかない」
NEWSポストセブン
野生のヒグマの恐怖を対峙したハンターが語った(左の写真はサンプルです)
「奴らは6発撃っても死なない」「猟犬もビクビクと震え上がった」クレームを入れる人が知らない“北海道のヒグマの恐ろしさ”《対峙したハンターが語る熊恐怖体験》
NEWSポストセブン