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【著者に訊け】森健氏『小倉昌男 祈りと経営』

◆最期まで苦しさを見せなかった

 前身の大和運輸は京橋で〈挽き八百屋〉を営んでいた父・康臣が自動車時代の到来に着目し、1919年に創業。官立東京高等学校、東京帝大経済学部へと進み、学徒出陣を経て1948年に入社した昌男はその間、結核で4年の入院生活を強いられるが、幸い取引先の進駐軍から薬を入手できたおかげで奇蹟的に生還を果たす。

 1956年には聖心女子大を卒業した後、教職にあった玲子と見合いで結婚。1971年には社長に就任し、1976年に民間初の宅配事業を立ち上げる。官庁相手に訴訟も辞さない〈規制緩和の闘士〉と恐れられ、公私共に一見充実したこの頃、彼は妻の影響で始めた俳句に人知れず苦悩を綴っていた。

 国に訴訟を挑むような強気の人物が妻と娘のいる家に帰ると一転して小さくなる。〈無力〉な父親の姿は人間臭く、意外でもある。

「小倉さんに限らず、女同士の揉め事に割って入れる男なんてそうはいません。ただ小倉家ではそれが単なる揉め事じゃない理由があった。家族の苦しみをわかっていながら何もできなかった小倉さんは一種の贖罪として財団を立ち上げたかに見える。

 事実関係を積み上げていくと、彼の行為には社会や障害者のためというより、もっと個人的な祈りのようなものを感じるし、身内である真理さんたちが賛同してくれた以上、そう思っていいと思うんです」

 森氏が集めたピースは、終盤のロス取材でいよいよ像を結ぶ。宝塚出身で、元米軍勤務の夫との間に三女一男がいる長女は、母との諍いや自身の過去についても、全てを語ってくれた。

「長女一家の渡米後、広い家に1人で住んでいた晩年の小倉さんには、実は毎週末を共に過ごす女性がいた。僕はその〈土曜日の女性〉にも会っています。彼は彼女に愛情ももっていたみたいですが、その表現に関しては不器用だったようです。

 でも僕はそんな相手がいてよかったと思うし、最期に娘夫婦や孫と過ごせた日々が救いになったと思います。今後は財団とは別の形で福祉に関わりたいという真理さんが全て話してくれたのも、自分の経験が誰かの役に立てばと思ってこそで、水面下で必死に足掻き続ける水鳥のように、最期までその苦しさを見せなかったのが、小倉昌男の凄さだと僕は思います」

 名経営者として知られてきた小倉昌男だが、本書はごく普通の家族が経験した、許しと再生の物語と言える。彼らが闘い、また苦しんだものは何だったのか。その正体が既存の評伝とは全く異質な読後感を残す、慟哭必至の小倉昌男伝である。

【著者プロフィール】森健(もり・けん):1968年東京生まれ。早稲田大学法学部在学中からライターとして活躍。2012年、『「つなみ」の子どもたち』『つなみ 被災地のこども80人の作文集』で第43回大宅壮一ノンフィクション賞、昨年、本作で第22回小学館ノンフィクション大賞を史上初の満票で受賞。著書は他に『人体改造の世紀』『グーグル・アマゾン化する社会』『就活って何だ』『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』『反動世代 日本の政治を取り戻す』等。172.5cm、67kg、AB型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2016年2月12日号

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