いや、そうかな? 何か見落とした気がして頭の中の試合後の球場のシーンに戻してみる。伊志嶺さんと集合写真を撮る日焼けした男たちがいた。「お前、結婚するんだってな」「お前は元気にやっとるか」。伊志嶺さんが嬉しそうに彼らに話しかけていた。あれは八商工のOBたちだろう。そういえば試合前日の保護者と伊志嶺さんの会食に参加させてもらったときも、数年前に卒業した選手の保護者という男性が、わざわざ休暇を取って県外から参加していた。
「伊志嶺さんの最後の夏ですから」
みんな甲子園に出られなくともただ伊志嶺さんの下で野球ができたことを感謝していた。親は息子が青春を賭けたことを懐かしむように、最後の夏を惜しむように球場に足を運んできたのだ。伊志嶺さんはよく、教員でない自分のことを、
「ワシは教育者じゃなくて、野球人じゃから」
と言っていた。それは自嘲ではなく、自負だと思う。監督生活13年、伊志嶺さんは立派に人を育てた。選手たちは練習を嫌がりながらも、誰がグラウンドに一番乗りして水をまいてくれていたのか、それは誰のためなのか、みんなちゃんとわかっていたのだ。それはただ免許をもっているだけでふんぞり返っているそこらへんの教師にはできない。
今年の夏、伊志嶺さんの他にもユニホームを脱ぐ監督さんがおられるれだろう。甲子園に出たこともなく、メディアに注目されることもなく、ただひっそりとユニホームを脱ぐ。試合に敗れて球場の外に出て、夏の陽射しに目を細めたその人を、かつてその人が鍛えた者たちの笑顔が迎えることを願う。