スポーツ

沖縄の破天荒な野球部監督 教え子たちが囲んだ最後の夏

沖縄の名物監督、去る

 高校野球地方大会が真っ盛りだ。全国に先がけてまず沖縄県では嘉手納高校が甲子園出場を決めた。その一方で、ユニホームを脱ぐ監督もいる。高校野球取材20年のフリーライター・神田憲行氏がひとりの監督を見つめた。

 * * *
 ここ何年か、お世話になった監督さんの勇退を現場で見届けている。今年の夏も見送った。八重山商工(沖縄県石垣島)の伊志嶺吉盛監督(63歳)である。

 八重山商工は2006年に春夏の甲子園に出場、日本最南端の高校の甲子園出場という話題性だけでなくエースの大嶺祐太(千葉ロッテマリーンズ)や金城長靖(沖縄電力)といった選手らのプレーも、多くのファンたちを魅了した。私もそのひとりで、石垣島に通って「八重山商工野球部物語」(ヴィレッジブックス)という一冊の本を書き上げた。

 とにかく破天荒な野球部だった。普通、他の学校の選手は監督から「こっちに来い」と呼ばれると全力疾走で駆けてくるものだが、ここの選手たちは歩いてくる。監督がちょっと目を離すと、ノッカー役の選手がノックの球をあらぬ方向に打ち込んでサボろうとする。「規律」というものがほとんどない。しかしそういう雰囲気が彼らに向いていたのか、試合ではのびのびと身体能力の高さを存分に見せつけた。私は沖縄大会決勝で金城長靖が奥武山球場(当時)のスコアボードに直撃するライナーのホームランを今も覚えている。あまりの当たりのすさまじさに記者席で観戦していた者たちが一瞬、言葉を失ったほとだった。

 その中心にいたのが、伊志嶺監督である。全国的にも珍しい石垣市からの派遣業務として八重山商工の監督をしていた。少年野球の指導者時代に大嶺たちと出会い、長期計画を立てて野球部を完成させた。頭をそり上げ、野球にのめり込み過ぎてバツ2(監督がバツ2であることを私は初対面の30分ほどで教えられた)、自宅では巨大な水槽で飼うアロワナを「女性と違って魚は逃げんから」と大事にしていた。

 指導ももちろん熱心で、まだ日が明け切らぬうちからグラウンドに一番乗りして、大好きな長渕剛の歌を流しながら水をまいていた。大嶺が寝坊して朝練に遅刻が続くと、ユニホーム姿で大嶺の家に入り込み、「祐太、起きろ、練習しゃ!」と寝床で夢うつつな大嶺を揺さぶったこともある。漁師をしていた大嶺の祖父は「あの人の朝は漁師より早い」と呆れた。

 夏の甲子園の2回戦では、ぴりっとしないマウンドの大嶺に「お前は死ぬ」とわざわざ伝令を出したこともある。大嶺の返事は「うるさいわ」だった。だれがあの甲子園で、試合中3回しか許されない貴重な伝令の機会を使って、監督とエースが「死んでまえ」「うるさいわ」などというやりとりをしていると想像するだろうか。

 大嶺たちと出会ってから20年、あの甲子園に出てから10年、今年が伊志嶺監督の最後の夏になった。春に1勝、夏に2勝が、伊志嶺さんが甲子園で残した全成績である。

関連キーワード

関連記事

トピックス

運転席に座る広末涼子容疑者
《事故後初の肉声》広末涼子、「ご心配をおかけしました」騒動を音声配信で謝罪 主婦業に励む近況伝える
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン
真美子さん着用のピアスを製作したジュエリー工房の経営者が語った「驚きと喜び」
《真美子さん着用で話題》“個性的なピアス”を手がけたLAデザイナーの共同経営者が語った“驚きと興奮”「子どもの頃からドジャースファンで…」【大谷翔平と手繋ぎでレッドカーペット】
NEWSポストセブン
鶴保庸介氏の失言は和歌山選挙区の自民党候補・二階伸康氏にも逆風か
「二階一族を全滅させる戦い」との声も…鶴保庸介氏「運がいいことに能登で地震」発言も攻撃材料になる和歌山選挙区「一族郎党、根こそぎ潰す」戦国時代のような様相に
NEWSポストセブン
山尾志桜里氏に「自民入りもあり得るか」聞いた
【国民民主・公認取り消しの余波】無所属・山尾志桜里氏 自民党の“後追い公認”めぐる記者の直撃に「アプローチはない。応援に来てほしいくらい」
NEWSポストセブン
レッドカーペットを彩った真美子さんのピアス(時事通信)
《価格は6万9300円》真美子さんがレッドカーペットで披露した“個性的なピアス”はLAデザイナーのハンドメイド品! セレクトショップ店員が驚きの声「どこで見つけてくれたのか…」【大谷翔平と手繋ぎ登壇】
NEWSポストセブン
竹内朋香さん(左)と山下市郎容疑者(左写真は飲食店紹介サイトより。現在は削除済み)
《浜松ガールズバー殺人》被害者・竹内朋香さん(27)の夫の慟哭「妻はとばっちりを受けただけ」「常連の客に自分の家族が殺されるなんて思うかよ」
週刊ポスト
サークル活動に精を出す悠仁さま(2025年4月、茨城県つくば市。撮影/JMPA)
《普通の大学生として過ごす等身大の姿》悠仁さまが筑波大キャンパス生活で選んだ“人気ブランドのシューズ”ロゴ入りでも気にせず着用
週刊ポスト
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
遠野なぎこさん(享年45)、3度の離婚を経て苦悩していた“パートナー探し”…それでも出会った「“ママ”でいられる存在」
NEWSポストセブン
レッドカーペットに登壇した大谷夫妻(時事通信フォト)
《産後“ファッション迷子期”を見事クリア》大谷翔平・真美子さん夫妻のレッドカーペットスタイルを専門家激賞「横顔も後ろ姿も流れるように美しいシルエット」【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 石破政権が全国自治体にバラ撒いた2000億円ほか
「週刊ポスト」本日発売! 石破政権が全国自治体にバラ撒いた2000億円ほか
NEWSポストセブン