東京を走る法人タクシーの初乗り運賃を、現行の730円から410円に値下げする計画が持ち上がり、都内で実証実験が行われている。タクシーといえども法令上はシートベルトをしなくてはいけないが、運転手の注意喚起を無視して事故に遭った場合、賠償金は減額されるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
最近、タクシーに乗車すると「後部座席でもシートベルトの着用を──」といった車内アナウンスが流れるようになりましたが、面倒なので無視しています。しかし、本当に事故が起き、注意喚起を聞き入れずにケガを負った場合、タクシー会社に対する賠償金などは減額されてしまうのでしょうか。
【本文】
平成20年6月から施行された改正道路交通法71条の3の第2項では「自動車の運転者は、座席ベルトを装着しない者を運転者席以外の乗車装置に乗車させて自動車を運転してはならない」と運転者に対し、シートベルトを着用しない人を乗せて運転してはならないと義務付けていて、高速道路で違反すると減点1点となります。
しかし、上の法文のとおり、乗客に着用義務を課しているものではありません。この法改正の直後は「後部座席に同乗する者がシートベルトを装着することが一般化しているとはいえない」とし、後部座席に乗車してシートベルトをしていなかった被害者の過失相殺を否定した事例もありました。
私も改正当時は、タクシーの乗客がシートベルトをしなかったことが改正後すぐに過失相殺になるかについて疑問を持ちつつも、この判決が「装着することが一般化しているとはいえない」とした点に着目し、乗客の後部座席でのシートベルト着用が普及していくと、いずれは過失相殺されるようになると考えていました。
実際に最近のタクシー事故の事例をみると、シートベルトを着用しなかった乗客が受傷した場合、タクシー会社を被告とする事件やタクシーと衝突した加害車両に対する事件でも、大抵5~10%の過失相殺を認めています。これは高速道路に限らず、一般道路でも同じです。
もちろん、そもそもシートベルトを着用していればケガをしなかったか、あるいは軽くて済んだはずだということが前提になります。ですが、シートベルトと無関係な事故は、空から物でも落ちてこない限り、まず考えられません。
そうなると、万一を考えてみても、たとえ窮屈であろうとも、しっかりシートベルトをしておくことが安全であるだけでなく、賢明ともいえそうです。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年9月2日号