本書に「2時間で16冊売れた」という記述がさりげなく書いてあるが、現在の物価でいえば8000円。無名詩人の手作り詩集がこれだけコンスタントに売れるなんて、今では考えられない。実際、高垣は他に仕事を持たない「プロの詩人」だ。著者の実体験なのだと思うが、カウンターカルチャー全盛だった当時ならではの現象だろう。
新宿に実在した飲食店が次々と実名で登場するのも魅力だ。フーテンのたまり場として知られた喫茶店「風月堂」、歌声喫茶「カチューシャ」や「灯」、ゴーゴー喫茶「ジ・アザー」、ジャズ喫茶「ヴィレッジ・ゲート」、アングラ劇場「蠍座」、2015年まで営業していた名曲喫茶「スカラ座」、今なお現役の洋風居酒屋「どん底」…。
これらの店名を見るだけで、当時の新宿を知る人にはたまらないだろう。
フーテンたちの無軌道な日常を描く中、“戦争の影”が色濃く横たわっていることも目を引く。当時はベトナム戦争のまっただ中で、沖縄もまだアメリカ領だった時代。太平洋戦争からも25年しか経っておらず、フーテンたちの親は戦争に行った世代だ。多くの大人が戦争の記憶と傷を抱えていた。
時間も場所も極めて限定された舞台にもかかわらず、本書には平成生まれでも楽しめそうな普遍性がある。フーテンたちを描く上で、セックスとバイオレンスは外せないが、直接的な描写を注意深く避けているので万人が抵抗なく楽しめるだろう。
※女性セブン2016年9月8日号