実際、中井はその後、テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』(TBS)での平凡な三流大学生や、近年のテレビドラマ『最後から二番目の恋』(フジテレビ)での市役所職員など、アウトローとは程遠い「正統派」の役柄を演じてきている。
「そういう役は難しいですね。殺人鬼の方がずっと楽です。想像の世界をデフォルメして芝居した方が役者は楽ですし、そういう芝居が評価されます。淡々とした役は評価されません。
技術からすると、淡々とやるほど難しいものはないんです。そこにジレンマを感じた時、いつも小林さんの言葉を思い出します。『評価はされない。でも、それをやることによって評価される人間を作る人間になれ』と。
ですから、例えば普段から電車の吊革にぶら下がっている時に隣の人に気づかれない、そういう人間になれるくらい、オーラの出し方を変幻にできる俳優になりたいんですよね。ですから、僕は今でも電車に乗ります。
便利とか不便とかじゃなくて、『今、電車にはどうやって乗るか』を知っておきたい。チャージはどうするのかとか、そういうのを全て知ってないと役者はダメなんです。経験値を増やしておくことが、役の引き出しの中に入ってきますから」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2016年10月28日号