2014年、ウクライナ領土のクリミア侵攻を機に米国、EU、日本も含めた国際的な経済制裁を敷かれて海外からの投資が細り、原油安が経済悪化に追い討ちをかけた。日露交渉で安倍首相が提案した「ロシアの平均寿命の伸長」、「清潔な都市造り」といった8項目の協力提案では、とても領土と引き換えにはできない。
そこに孫氏が持ち込んだのはケタ違いのプランだ。単なる極東開発にとどまらず、ロシア極東・シベリア地域の有り余る水力による低コストな電力を海底ケーブルを敷設して日本ばかりか中国、韓国にも売る。ロシアにとって極めて魅力的なビジネスだった。資金の裏付けもある。
「サハリンから北海道を通り東京湾に繋げるガスパイプラインの総事業費は、6000億円ともいわれる。孫氏のプランは海中ケーブルの距離が長いため、これより高くなる可能性はあるが、英国の半導体企業を“たかが3兆円”と豪語し買収した孫氏にとって出せない額ではない」(経産省幹部)
あとはこれを日本政府が同意すれば進む。プーチン氏が9月のウラジオ演説で、「ロシアは競争力を持った電力料金を提示し、長期にわたってその金額を固定化する用意がある」と語ったのは、日本に“領土を返してほしければ、電力を買え”と注文を付けたと同義で、孫ペーパーが日露の領土交渉に大きな影響を与えたといえるだろう。
孫氏のブレーンでソフトバンク社長室長を務めた嶋聡・多摩大学客員教授が語る。
「孫さんは6月だけでなく、これまでプーチン大統領と複数回会談している。今年初めにも会っていたはず。ロシアはシベリア開発という課題を抱えており、その開発資金を日本へのエネルギー輸出で調達する考えがあるから、孫さんとは思惑が一致していた。
現在、領土交渉にからんで日露の経済協力が重要なテーマになり、日本政府もロシアの提案を無視できなくなった。孫さんという1人の民間人がやってきたことが、2国間のテーマになった」