◆死者に鈍感な日本人

 日本では、韓国の反朴デモの原因をあれやこれやと分析しようと躍起になっている。いわく「ヘル朝鮮」に代表される国内の格差や貧困がその後背にあるのだ、と解説がなされる。

 しかしどの国やどの時代でもそうであるように、デモの主体は中産階級だ。私が聞いた範囲では、デモ参加の理由に「貧困」をあげる市民はいなかった。無論、韓国で亢進する格差が反政府の理由の一つであることは否定しない。だが中学生から子供を抱えた主婦から元軍人まで、あらゆる社会階層の人々が参加していた反朴デモの求心力は、もっと動物的で本質的な怒り、―そう、直接的に同胞の人命を軽んじたセ号事故対応不手際への怒りにあろう。

「これこそが日本の見習うべき民主主義の姿である」と、反朴デモに参加した日本のリベラルが言う。路上で政治的見解を述べるのに「○○死ね」だのという言葉を必要としない韓国のデモに日本の左が追い付くには、あと数十年の歳月を要するだろう。

 「見習う」よりずっと手前の、低レベルの境地に日本のリベラルはある。「また半島の哀れな人々が噴き上がっている」と、韓国に一度も行きやしないのに「韓国経済は崩壊する」だのと知った口をきく日本の保守派が嘲笑する。うらぶれた年金生活者を二百人集めて「愛国集会」を開催するのが精一杯の日本の保守派に韓国人を蔑む資格などない。

 デモの翌日、若者の街・弘大に寄った。「セ号未発見9人の犠牲者」の顔を印刷した看板を前に、路上ライブが始まっていた。私は韓国語はわからないが、そのメロディーが反朴槿恵デモで唱和されていたものと同一のものであるのはすぐに分かった。哀しくも美しい鎮魂歌であった。

 私たち日本人は例えば東日本大震災、福島原発事故の関連死、JR福知山線脱線事故、御嶽山噴火における犠牲者の顔と名前を、誰か一人でも思い出すことができるだろうか。日本において事故や犠牲者の顔と名前は、プライバシーの美名のもとに遠く葬り去られ、人々は死者に鈍感になっていく。

 あまつさえ海外で誘拐され死んだ同胞に「自己責任だ」などの罵声を投げかける。死の理由はどうあれ、犠牲者にムチ打つ国は世界でも日本だけだ。事故から早3年弱を経ても、海底に眠る同胞の顔と名前をはっきりと記憶し、為政者に対し怒りの熱をあれほど露わにするこの国の人々に、言い尽くせぬ尊崇の情が湧き上がることを自覚する。

 このまま暫く、この国の未来を見ていたい気すらした。冬のソウル、だが真夏。

※SAPIO2017年2月号

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