緊急事態が過ぎ去り、社会がもとの憲法秩序に戻れば、緊急時に政府が何をしたのか、逐一検証していくことになります。
国家緊急権は、緊急権が必要なくなることを目的に発動される、あくまで非常措置です。とするなら検証作業は、従来の憲法に定めてある組織で、手続きを行うべきです。
政府が行った行為がその後も継続して効力を持つのか。政府の行為は正当だったのか。国内外でどんな契約が交わされたのか。補償は必要か。かかった経費は予算から支出するのか。そのような想定を行って検証を進める手続きを決めておくことが、国家緊急権を行使する準備と言えます。
軍を持たない戦後の日本がこれまで戒厳の布告も国家緊急権の発動もせずにやってこられたのは、在日米軍の存在があるからです。
東日本大震災を思い出してください。福島原発の災禍が伝えられるなか、在日米軍が危険を顧みず真っ先に救援活動に乗り出してくれました(トモダチ作戦)。彼らは日本の法律に縛られない独自の行動をとれる。そのおかげでこれまで日本では国家緊急権について深刻に考える必要はありませんでした。
しかしトランプ政権誕生で、その前提が大きく変わった。仮に在日米軍が撤退したら安全保障問題とともに、国家緊急権の問題が突き付けられるはずです。そのためにも今、国家緊急権を知る必要があるのです。
【PROFILE】はしづめ・だいさぶろう/1948年神奈川県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京工業大学名誉教授。著書に本テーマを論じた『国家緊急権』(NHKブックス)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、共著に『あぶない一神教』(小社刊)など。
※SAPIO2017年2月号