幕末、欧米列強との通商条約を締結しようとする幕府に反発し、「攘夷」を強硬に主張したのが、江戸最後の天皇となった孝明天皇だ。
孝明天皇は「夷狄(いてき=異民族)」への穢れ思想を膨らませて西洋人に対する嫌悪を抱き、「条約勅許」を拒絶。攘夷を主張した。
従来、朝廷は幕府の決定に異議を差し挟まないことが慣例だったが、これを覆す孝明天皇の反逆に幕府は慌てた。
しかし大老・井伊直弼は条約締結を敢行。これに怒った孝明天皇は、公家を通じて、縁故のある薩長はじめ有力大名に天皇の意思を「内勅」として伝えた。
尊皇の志が厚い水戸藩はこの「内勅」を重視し、攘夷運動を激化させていった。
そのなかで反幕府勢力の一掃をはかった井伊直弼は、「安政の大獄」と呼ばれる激しい思想弾圧を加えた。その結果、井伊は、安政7年(1860年)、水戸浪士らによって暗殺される(桜田門外の変)。こうして、時代は激動の維新に向けて動き始めたのである。
そうした歴代天皇の「祈り」の姿は、まさに国民の安寧と幸せを祈る今上天皇のお姿と重なるものである。
■取材・構成/池田道大
●やがしわ・たつのり/秋田県生まれ。慶應義塾大学法学部・文学部卒業。高校教師、大手予備校講師などを経て、現在、淑徳大学エクステンションセンター講師、京都商工会議所主催「京都検定講座」講師。日本近現代史、日本文化精神史、社会哲学など幅広いテーマで執筆、論評、講演を行う。『戦後史を歩く』(情況出版刊)、『日本の歴史ニュースが面白いほどわかる本』(中経出版刊)など著書多数。近著に『日本人が知らない「天皇と生前退位」』(双葉社刊)がある。
※SAPIO2017年3月号