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2017.02.26 07:00  週刊ポスト

愛する犬猫が「極楽往生」できるか否かの大論争勃発

◆宗派で大きな違い

 白熱する大論争を他の浄土宗の僧侶たちはどう考えているのか。ペット供養を行ない、3月からはペットとの共葬ができる墓地を開眼する東京・世田谷の感応寺の成田淳教住職は、

「教義では自分で念仏し往生するのが基本ですが、他の人が念仏して供養し、阿弥陀仏様から御光を照らしていただき浄土へと送るパターンもある。感応寺では犬や猫は後者の立場で、浄土での再会を期しています」

 と、林田氏の意見に賛同する。

 長圓寺(福岡県北九州市)の吉水友晃住職は「動物は転生してから往生する」という安達氏と同じスタンスでありながらも「数年前に愛猫を亡くした時、できることならば、今生で極楽往生してほしいと思いました。ペットを子供と同じように考えている方も多い現在、今後は『往生できるかもしれない』というように、解釈の柔軟性が必要になっていくのでは」と時代の流れによる変化の可能性を示唆した。

 他の宗派ではどうなのか。天台宗では「山川草木悉皆成仏」すなわち「動物、植物でも命あるものはすべて成仏する」との教えがあるため、早くから機関誌『天台ジャーナル』で「ペットの法要と供養の必要性」を説いてきた。

 日蓮宗のある住職は、「ペットの死後や供養自体がここ数年で広まってきた現象のため宗派としての公式見解は出されていない」と前置きしつつ、「日蓮上人は自分の身代わりになって死んだ犬を供養したという伝承があり、大事な教えである法華経には動物が成仏した説話もある。動物でもそのまま成仏できると考えます」と答えた。仏教でも宗派によってさまざまなようだ。

 ちなみに、宗教学者の島田裕巳氏は仏教以外の宗教における「ペットの死」の考え方をこう説明する。

「キリスト教では人間と動物は完全に分かれており、そもそも埋葬の対象にならない。神道も同様で、境内に動物を入れないのはその区別を明確にするためです」

 宗教学者の島薗進氏は「ペットと宗教」の今後は大きく変わっていくと予測する。

「そもそも仏教とは、本来人間がどう生きるかのためにあるもので、動物のためにあるものではありません。とはいえ、ペットの家族化が進む中、犬や猫の死による飼い主の悲嘆をどう癒すかも宗教的に今後は論じられていくはずです。それによりペットに対する供養のあり方、祈り方も変化していくでしょう」

 我が愛しのペットを見送るその日までに結論は出るだろうか。

※週刊ポスト2017年3月3日号

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