映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、映画『家族はつらいよ2』で熟年離婚の危機を乗り越えた夫婦の妻を演じる吉行和子が、山田洋次監督の作品に出演したことで知った演技の難しさ、幸せについて語った言葉を紹介する。
* * *
吉行和子は2013年、山田洋次監督の『東京家族』に出演、日常空間に本当にいそうな、平凡な田舎の主婦役を演じている。
「今までは独立系の映画ばかり出てきたので、撮影が終わると放ったらかしで、血糊がついたままロケ先から帰ったこともありました。それが、今度は丁寧に山田組のスタッフたちが扱ってくれましたから、新しい世界を知ったような気がします。
役柄も、そうです。これまではエキセントリックな役が多かったですが、山田監督の映画では普通の奥さんの役。お父さんがいて、息子と娘がいて、嫁がいて孫がいる。私がとうとう味わえなかった家族の感じを味わわせてもらって、これはこれでとても楽しいです。
ただ、普通の人って演じるのが難しいんですよね。どこで頑張っていいか分からないでしょう。でも山田監督はそこらへん凄く見ていらして、ちょっと芝居っぽくなると絶対にOKが出ません。それで『私がこの人の気持ちにさえなっていれば、ひとりでに演技は出てくる』というのが分かって。今まで持っていたものは忘れて真っ白になって、山田監督に色をつけてもらうつもりで臨んでいます。
私たちぐらいの歳になると、映画の現場ではとりあえずやってればOKが出るので、『本当にこの監督は見ていたのかしら』と思うこともあります。若い子ばかり見ていて、私たちはセリフさえ間違えなければいい、みたいな寂しい想いをしていました。でも、山田監督は絶対に見逃さない。ジッと見てくださるので、幸せな気持ちでいます」