「セリフを忘れるんじゃないか、お客さんがまったく笑わず、反応しないんじゃないかと本当に悪いことばかり考えてしまって、舞台に出て行くのが怖かった。これをやれば面白いという方程式なんてないから、一か八かでした。でも、初日が終わると明日やる仕事が見えてくる。いろんなアイデアが浮かんでくるんです」
わがままだけど許せる人、勝手だけどかわいい人、不器用だけどおかしみのある人、そんな人物像を思い浮かべ、台本を推敲し、自身の経験値を注ぎ込む作業。そうしてできあがったキャラクターを、巧みなセリフと動き、絶妙な間で演じるのだ。
しかし、だからこそ、そのときの自身の年齢も投影されるのだろう。描く人物との距離は微妙に変化し続ける。
「40代の頃はネタについての考え方が浅かったなと思うんです。いま、自分がお客さんとして芝居に何を求めるかというと、演技の上手さや刺激というより、『その落ち込みはどうしようもないよ、そういうときは何もしないでいいよ』と、芝居に語りかけてもらいたいんですよ。
40代のときには、そこに射程を置いてなかった。若いときは批判一方で演じる傾向が強かったけど、65にもなると批判だけじゃ生きていけない。間違った部分のある人物にもそれなりの理由があると演じたいんです。それは自分の人生を肯定することに繋がってくるので」
●いっせー・おがた/1952年生まれ、福岡県出身。東京都立豊多摩高等学校卒業後、1971年より演劇活動を始める。1981年、『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)で様々な職業の人物を演じ、8週勝ち抜きで金賞受賞。直後に抜擢された、ドラマ『意地悪ばあさん』(フジテレビ系)の巡査役で一躍注目を集める。1980年代に始まった一人芝居『都市生活カタログ』シリーズは人気を集めるとともにゴールデンアロー賞演劇芸術賞も受賞し、海外公演も行なわれた。一方、ドラマ・映画の出演も多数。今年公開されたマーティン・スコセッシ監督の『沈黙─サイレンス─』では、第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞次点になるなど演技が高く評価された。一人芝居『妄ソーセキ劇場』は、京都府立芸術文化会館で秋にも上演される予定。
■撮影/江森康之 ■取材・文/一志治夫
※週刊ポスト2017年6月30日号