子どもほど堂々と笑いにはしないが、うんこにこだわる大人も多い。恩師、故・三木成夫先生もその一人である。ぼくは大学で三木先生から「発生学」を学んだ。『胎児の世界 人類の生命記憶』(三木成夫著、中公新書)は名著である。

 三木先生は、「ヒトはそれぞれの体のなかに、生命記憶をもっている」と語っていた。

 胎児は、子宮のなかで生命進化の歴史をたどりながら生まれてくる。受精から出産までの十月十日の間、胎児は細胞から原始魚類に変化し、やがて陸へと上がって哺乳類のヒトへ、そんな生命進化の時間を一気に駆け抜けていく。ほの暗い羊水のなかで、人知れず胎児は進化の記憶を体現しているのである。そんなことを熱く語る三木先生は、とてもロマンチストだった。

 最近、読んだ『人体 5億年の記憶-解剖学者・三木成夫の世界-』(海鳴社、布施英利著)には、うんこの話をする三木先生のエピソードが書かれている。

 友だちがアパートを建て、その名前をつけてほしいと言われた。三木先生が考えたのは、「みちのく荘」。オーナーが東北出身だったからだ。そして、その看板を「雲刻斎」という書家に書いてもらった。

「みちのくそう うんこくさい」

 それを黒板に書いて、うれしそうに読みあげては、教室をなごませたという。著者の布施さんは東京芸大で、三木先生から解剖学を学んでいる。ぼくが医学生だった時代より、ずっと後の三木先生だが、とてもなつかしく感じた。

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