「元々私は福井の生まれで、四世代同居の大家族だったんです。特に母が勤めに出ている間は曾祖母といて、よく昔話を聞かされたひいおばあさんっ子でした。
私が大学に入った1997年に93歳で亡くなった曾祖母は、明治から平成までの100年をほぼ丸ごと生きた人で、今に繋がるこの国の歩みや時間の地層のようなものが、身近にあった。でも実家を出てからはそうした感覚とも切り離されてしまって、現代を生きながらどこかで原風景を求める私の志向が、作品にも無意識に現われているのかもしれません」
物語は、ある島に閉じ込められ、〈とこしえの薄明〉の中で舟を待つ男の、夢の話から始まる。その舟には自分を救ってくれる女か、殺しに来た英雄が乗っているが、その理由は、〈ぼくの顔が化け物だからです〉と彼は言う。〈自分では確かめようがありません〉〈醜いのか化け物なのか、そこのところは文字通りの不明なのです〉と。
「この冒頭の夢のくだりは、4年前の初夏、自分の中に突然降りてきたんです。ちょうどシャワーを浴びている最中だったんですけど、その時の鮮烈なイメージを何とか小説にしなきゃって、慌ててメモを取って(笑い)。
元々は富岡製糸場が世界遺産になる前、福井と京都の間の嶺南という、美しい砂浜と原発が両方ある地域を舞台に蚕の話を書こうと準備だけはしていたんです。最近は強い糸を取るために子孫を残さない品種が開発されたり、生き物を犠牲にして富を生む構図に不穏なものを感じて。しかも京都の織物屋さんの紹介で福知山の養蚕農家に取材に行ったら、元々決めていた主人公の名前と同じ由良川が流れていたり、本当に不思議な作品でした」
第1章では由良と徳田が夢を共有することで、男女を超えた関係を築くまでを。2章ではかつて養蚕で栄え、女たちがお蚕さまへの供物とされた因習の村を。そして3章では突然消息を絶った由良の行方を同期記者の〈杉原〉が追う、今→昔→今の三部構成で物語は進む。