「私も大学ではロジカルで声の大きい男性に言い負かされることも多く、弱者を犠牲にして全体が生き延びる構図は、今も社会のあちこちにある。ただ私自身、村社会的な同調圧力を嫌悪する一方で、古きよき日本への憧れも強い。二項対立的な価値観が揺らぎ、徳田のように一見弱い立場の人間の豊かさが、世界をひっくり返す物語を書いてみたかったんです」
さて表題は囚われの島国、囚われの日本と読むこともできる。翻訳家として常々異文化と接する彼女の目に、今の日本はどう映るのか。
「自粛とか忖度とか、人目を気にしすぎですよね。でもそうした同調圧力は私の中にも内面化していたので、学生時代はイギリスに逃げたんです。その時の経験が翻訳の仕事に繋がるんですが、一度外に出ることで鏡を手に入れた感覚もある。本書でも2章を挟むことで今の景色が違って見えたり、鏡や他者を通じてしか自分を知ることができない人間の営みを小説に描くことが、ロジックとはまた違う私なりの闘い方でもあるので」
本書では男と女、見える見えない等々、一見対関係にある事柄が境界を失くす。そして1章と3章に描かれる今と2章の昔話とがないまぜになったあわいを、万葉の東歌〈たまがわに、さらすてづくり、さらさらに〉〈なにそこの子の、ここだかなしき〉が静かに繋ぐ。
因みに「かなしき」は愛しきでも哀しきでもあり、愚かでもそうと生きるしかない人々の営みに寄り添うかのよう。〈目を見ひらいて、見なければならない〉という記者魂も、意思や自我といった〈近代の産物〉も全て呑み込んで流れていく時間が、本書の真の主役なのかもしれない。
【プロフィール】たにざき・ゆい/1978年福井市生まれ。京都大学文学部美学美術史学科卒業後、同大学院文学研究科修士課程修了。2007年『舞い落ちる村』で第104回文學界新人賞を受賞し、本書は単行本第2作。「徳田の造形は『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』というアトラクションで、視界を遮断された時の五感の豊かさを体験したことが大きかった」。インドラ・シンハ『アニマルズ・ピープル』等、翻訳家としても活躍。2015年より近畿大学講師、京都在住。159cm、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年8月4日号