◆自粛とか忖度とか人目を気にしすぎ
自分を化け物と思いこむ徳田は実は大変な美形で、繊維業が盛んだった南丹の出身らしい。彼は調律師の傍ら子供に声楽を教え、自室で飼う蚕の原種の世話を由良に託すようになる。一方由良と親子ほども年の違う〈伊佐田〉は情事を終えると上司の顔に戻り、由良の企画を嫉妬からボツにするまさに父権的な男だ。
より強い糸を取るため品種改良を重ねてきた養蚕技術を糸口に、日本の在り方を問い直そうとした由良は会議で言う。〈父親的なものとの、闘いだと思うのです〉〈この国の礎を作ってきたというのに、打ち棄てられ、顧みられずにいるもの。あるいはダム建設のようなものによって強制的に途絶されたもの。わたしたちはそうやって、殺してきたし、殺されてきた〉だが上層部はそんな彼女を子供扱いする。
2章の村人もそうだ。美人だが少々頭の弱い蚕飼いの名人〈みすず〉を、〈みすずは春になると、肌がぬくうなるさけに〉と蔑んだり、彼女が孕んだ娘〈すずな〉の父親を詮索したり。そのくせ養蚕不況で島の経済が傾くと、〈お蚕さまの神さまを慰めねば〉といって彼女を人身御供にする男たちに、みすずの友人〈まゆう〉は思う。
〈何ごとにもけじめをつけないひとたちが、へんなところで島の神さまに義理立てしようとするのでした〉〈共同体は傷つかない。おおきいすずちゃんはその内側にいながらにして、埒外だったから〉