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2017.10.08 07:00  SAPIO

平成史対談 歯車狂えば田中眞紀子総理誕生の可能性もあった

平成史について語り合う佐藤優氏(左)と片山杜秀氏


片山:小泉内閣が様々な組織を破壊した結果、支持政党もイデオロギーも持たない人が増え続けた。こうして自ら生みだした無党派層を煽って作り出した風を掴んだ。風は、瞬間最高支持率と言いかえられます。

瞬間支持率を維持するには、破壊を続けて、大衆を熱狂させ続けるしかない。これがいまの政治モデルの原型である小泉劇場です。 安倍政権も小池都知事も小泉劇場を模倣しているに過ぎません。冷戦構造崩壊以後、思想や主義に関係なく、政党が組み替えられていく流れが、小泉内閣誕生で決定的になった。

◆金正男と見られる男を返した田中眞紀子

佐藤:霞が関村は野中政権を望んでいたのですが、外務省だけは小泉政権を歓迎しました。それは外務省が、伝統的に清和会人脈が強い組織だからです。橋本政権以降、経世会の政権が続きましたが、小泉政権下では清和会人脈が優遇されるようになった。

片山:小泉政権になり、外務省はタカ派路線で行けると喜んだわけですね。外務大臣の田中眞紀子との関係はどうだったんですか?

佐藤:ほとんどの人間が田中さんだけは勘弁してほしいと考えていました。でも、徐々に省内で田中派が強くなっていった。やがて死ぬまでついていきますという連中まで出てきた。

片山:(苦笑)。そんな人たちがいたんですね。

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